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どんなに辛くても、養ってもらっている以上は食事の用意を放棄するわけにはいかない。美晴は自分の身体に鞭を打ち、買い物に出かけて幹雄の好物を作った。
「帰ったぞ」
「おかえりなさい」
笑顔で出迎え、幹雄の世話を甲斐甲斐しく焼いた。当然のようにリビングに座り、出されたビールを煽る。ふんぞり返っている夫のために炊き立てのご飯を用意する。白飯の香りで吐き気を催してしまい、手洗いへ駆け込んだ。
「どうした。僕の飯を放置してなにをやっているんだ」
手洗いから戻らない美晴を見に来た幹雄が、彼女の心配よりも自分の夕飯の心配をするような言葉を投げつけた。
「ここのところ体調が悪くて、すぐもどしてしまうんです」
「だからといって仕事放棄するな」
背中をさすって大丈夫かと声をかけることもしてくれない夫に期待はしていないが、こんな状態で夕飯を作れと言う鬼のような男。人の心は無いのだろうか。
「もうしわけ…っ、うっ」
再びもどしてしまった。
「チッ。役立たずだな」
吐き捨てるように言われ、涙が滲んだ。別にわざと体調不良を起こしているわけではないのに、なぜここまで言われなければならないのか。
「…ん、待てよ。美晴、生理は来ているか?」
「そういえば…来ていません」
「それ、つわりじゃないのか?」
夫に言われて気が付いた。美晴の脳裏に妊娠の文字がよぎる。
もしかすると――?
翌日。美晴は近くのレディースクリニックを訪れた。
「妊娠されていますね。今、8週目ですよ」
診察室でクリニックの医師から妊娠の報告を受けた。
「ほんとうですか…?」
「はい。元気に育っていますよ」
「ありがとうございます…う……ううっ」
その場で号泣する美晴に女性医師は「おめでとうございます」と微笑んでくれた。彼女は多くを語らなかったが、妊娠するまでに辛い治療を乗り越えてきたのだろうと察してくれた。
ようやく待望の待望の第一子を授かった。美晴は涙を流して喜び、帰宅してすぐ夫が仕事中とわかっていたがどうしてもすぐ報告をしたくて連絡を入れた。
「幹雄さん、私、妊娠していました!!」
『そうか、よくやった。美晴のこと疑うところだったぞ』
「はい、もう大丈夫です。ありがとうございますっ…!」
『すぐ母さんに連絡しろよ』
もちろんですと頷いて電話を切り、そのまま義母に連絡を取った。
『あらあらぁ。石女かと思っていたのに違ったのねぇ』
今日ばかりは嬉しくて、義母の嫌味も気にならない。
「はい。ご心配をおかけして申し訳ございませんでした」
『まさか、あなたが妊娠する日が来るなんて』
「はい! 今までお見守りくださり、ありがとうございます!」
これで切望していた松本家の跡取りを義母に抱かせることができる。嫁としての務めをこれで果たせるのだ。心の底から安堵し、新しい家族が増える喜びを噛みしめた。ほんとうの家族として認められる日が来るのだ、と。