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#ボーイズラブ
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「……また、いない」
昼休みの購買。
いつもならメロンパンの在庫を巡って
「それは俺の管轄だっつっただろ貧弱白髪!」
「あぁ!?てめぇはプロテインだけ飲んでろ筋肉ダルマ!」
と怒鳴り合っているはずの戦場に、あのデカい図体が見当たらない。
あの日以来、阿久津は俺を徹底的に避けていた。
廊下ですれ違っても、あいつは俺を視界に入れないように露骨に顔を背けて通り過ぎる。
教室でも、休み時間になればすぐに席を立ち、どこかへ消えてしまう。
一週間
たったの一週間、罵り声が止んだだけで
学校という空間が驚くほど無機質で退屈なものに様変わりしていた。
(……なんだよこれ。静かすぎて、反吐が出る)
独りで食うメロンパンは、驚くほど味がしなかった。
いつもなら、一口食べるたびに阿久津が横から
「一口よこせ」
「しつけぇ男は嫌われるぞ」
なんて不毛なやり取りをして、ようやく完食できるのに。
下ネタで笑い合うことも、些細なマウントの取り合いで取っ組み合いをすることもない。
俺だって極力普通を装っている。
だけど、心の中には冷たい隙間風が吹き荒れていた。
放課後、誰もいない部室。
ロッカーに背中を預けて座り込むと
鼻先をかすめるのは、あの日の資材置き場で染み付いた阿久津の
あの少し苦いような、熱を帯びた汗の匂いだった。
「…………っ、クソが……」
俺は膝を抱え、自分の唇を指でなぞる。
あいつが嫌いなはずだった。
あいつの暴言も、執着も、乱暴なセックスも、全部「最悪だ」と思っていたはずなのに。
実際は違った。
俺は、阿久津奏多という劇薬に、もう毒されていた。
あいつと全力で喧嘩することでしか
あいつの歪な熱を浴びることでしか埋められない「穴」が、俺の中にぽっかりと開いてしまっていた。
嫌いだから喧嘩してたんじゃない。
俺たちが「普通」の人間みたいに優しく笑い合えないから
代わりに喧嘩という名の「触れ合い」に依存していたんだ。
(……阿久津のくせに、勝手に消えてんじゃねぇよ)
胸の奥が、熱いナイフで抉られるように痛い。
この耐え難い寂しさは、もう「嫌い」なんて言葉で片付けられるレベルじゃなかった。
俺は、あいつがいないと、呼吸の仕方も思い出せなくなっていた。