テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
くるみの心臓は緊張で高鳴ってはいたが、そこには恋のときめきなどではなく、むしろ誠に対しての何かの嫌悪感の様だった
誠の浮気に関しては彼は謝ってくれたし、その後も誠実でいてくれた
しかしくるみの方が生理的に彼を受け付けなくなってしまったのだ
「渉君はいい男だね」
誠は言った
「宴会の間中、みんなを楽しませてくれた」
「そうね・・・話もとても面白かったわ、彼を気に入った?」
誠が肩をすくめて言った
「彼を気に入らないヤツがいるかな?お母さんから彼の事を聞いた時に、すぐ君は良い人を見つけたと思ったよ・・・ 」
誠が木製のトレーを拭きながら言う
「彼なら君を幸せにしてくれるだろう、君達は二人供、人生に積極的で成功する人間だ。もし君が・・・僕と結婚していたら・・・恐ろしくつまらない生活になっていたと思う・・・」
クルミはムッとした、食洗器に入れようとしたお皿が、大きすぎて入らないので結局手洗いすることにした、苛立ちのせいか母の大事にしているウェッジウッドの大皿をつい乱暴にあつかってしまう
荒い終わった大皿を大理石のキッチンにコトン・・と置き、冷ややかなまなざしで誠を見た
「ねぇ・・・・私達がこんな会話をするのはおかしいわ。私は確かに、以前あなたに子供っぽい恋心を抱いていたわ、でもあなたは私の愛を裏切った・・・・それですべてが変わったわ・・・・私達は終わったのよ。そしてあなたは明日妹と結婚しようとしている。それは私達の事を乗り越えて妹を深く愛しているからだと心から信じたいわ」
キッとくるみは誠を睨んで強めに言った
「うん・・・麻美と僕は合っていると思う・・・僕達は穏やかな夫婦になると思う・・・でも・・・今日君の顔を見た瞬間から、どうしても考えてしまうんだ、2年前に僕が犯した失敗を君が許してくれていたら・・・もちろん君を責めているわけじゃないんだ。むしろ僕がもっと君に積極的に償っていたら・・もっと・・・」
くるみは「はぁ?」と首を傾げた、ぶん殴ってやりたい
「やめて誠!!どちらにとっても過去の話よ、あなたは私の妹に誠実でなければいけないわ!私はあなたの妻になる女性の姉なのよ!!もう二度とそんな事口に出さないで!でないとこれから家族としてあなたとは付き合えないわ!」
「・・・そうだね・・・・くるみ・・・その通りだ・・・・ 」
誠は悲し気に微笑んだ
「こういうのを、マリッジ・ブルーっていうのかな・・・悪かった・・・もう二度と言わないよ・・・」
くるみは布巾で手を拭いた、そしてかすかな哀れみ以外、誠に対して何も感じていない自分に驚いた。
会えばもしかしたら、昔の恋心が再び燃え上がるのではないかと懸念していたのに
現実はこの数時間・・・誠と一緒にいても退屈なだけだった。くるみは大皿を綺麗に拭き上げて食器棚に戻した
「さあ・・・片づいたから私も明日の用意をするために部屋に下がらせてもらうわ、あなたも早く寝てちょうだい。明日は目の下にクマのないハンサムな花婿として、妹をエスコートして欲しいものだわ」
誠の視線を避けて言う、その時誠のスマートフォンのLINE通知音が鳴った
「麻美の・・・バチェラー・パーティーが終わったみたいだ・・迎えに行ってくるよ」
「ぜひそうして!もう11時よ、麻美も早く寝ないと」
その時、親戚を温泉へ送迎した洋平と母が帰って来た
誠は麻美を迎えに行き、入れ違いの洋平はニコニコしているし母は嬉しそうにに母親の誇りを輝かせてくるみを見た
「ほんっとうに渉さんは素敵だわ!よかったわね!くるみ!」
「そ・・・そう・・・彼を気に入ってくれて嬉しいわ・・・お母さん」
「渉さんと帰りの道中楽しいおしゃべりをしたのよ!出来るだけ早くあなた達の結婚式の日取りを決めようって私達盛り上がったの」
ホホホッとハイテンションで高笑いする母をしり目に、くるみは怖い顔で洋平を睨んだ
彼は母の後ろですまなさそうに肩をすくめ、目玉をぐるりと回した
どんな風に車内で話していたか二人の様子が想像できる
母が結婚式の日取りを話題に出したら最後、モンスターを退治するほうがまだ簡単なのだ
「で・・・でも・・・・まだ麻美達の事も終わってないのに、そんな急に・・・言われても・・・ねぇ、結婚式の事はまた・・・お正月でも会った時に―」
「5月ね!」
母が興奮して言った
「ほら!さっき車の中で私の言ったとおりでしょう? 渉さん!結婚式はいつだって初夏が一番なのよ」
「え?ええ・・・確かに・・・」
いつも愛想よく返事をする洋平がさすがに口ごもっている
母はパチンッと手を鳴らし、まるで舞い上がりそうに興奮している。母親というモノは娘二人を嫁に出して初めて子育て業が完結したと思うものだ
そして娘達が良い旦那様を見つけ、幸せに暮らすことで初めて自分のやってきた子育て法が、正しかったとホッと胸をなでおろすものだ
「それじゃ決まりね!麻美が教会で式をあげるのだから、あなた達は菅原天満宮はいかがかしら?あそこはすごく高いけどあなた達は紋付き袴に白無垢がきっと良く似合うわ!!渉さん!あなたのご家族のご都合を教えてね!きっと観光客があなた達の写真を撮りたがるわよ!」
洋平はフム・・・と顎を一指し指と親指で挟んだ
「菅原天満宮で結婚式・・・・祖父がまた大喜びしそうだな・・・」
「そうよ!奈良ではとても人気のウエディングプランよ!写真もロケ班を用意してね!わざわざ日本中からあそこで式を挙げたいってカップルが来るのよ!安心して!披露宴は洋装の素敵なドレスでね、くるみ、あなたが望むなら二回お色直ししてもいいわ」
「おっ・・・お母さん!先走り過ぎよ!!渉さんの都合ってものがあるでしょ!」
「だから渉さんに聞いてるのよ!」
洋平は黙り込んだ、母と二人でじっと洋平を見る
くるみは(さぁ!反対して!)と母の後ろの肩越しから目をむき、口をパクパクして必死に彼に訴える
五月はずっと遠い外国で仕事だとか何とか言ってちょうだい!
ニッコリ「五月の最終末ですね!スケジュールを調整しましょう!」
洋平がすんなり答えた
くるみは愕然とし、口をぽかんと開けた、洋平はくるみの脇に来ると彼女の手を取ってにっこり微笑んだ
「やっと日取りが決まったね♪くるちゃん♪」
「なんてうれしいこと!」
ホホホと高笑いをする母をよそに、ポカンと口を開けたままくるみは彼を見つめた
洋平は何かヘンな薬でもやっているらしい、彼は正気を失っているんだ、そうとしか考えられない
五分後には勢いづいた母が、仕出し屋に予約の電話をかけるのがわからないのだろうか?また明日の朝には、菅原天満宮の神主さんと、親戚一同が五月の最終末に、カレンダーに丸をつけるのがわからないのだろうか?
洋平は自分の犯した大失敗に気づいていないらしい
「近いうちにあなたのお母様とぜひお話させてね♪ああ・・・その前にご家族の顔合わせも必要ね!どこがいいかしら~?」
「それなら神戸に僕の顔が利く、新しく建設されたオリエンタルホテルがありますよ♪あそこなら、和、洋、中揃っているし場所も家族が集まるのに都合がいい!」
「まぁ・・・お願いしてもよろしいの?」
「もちろん♪」
くるみは母に腹を立てるべきか、このフェイクなフィアンセを怒るべきか迷った、やっぱりフェイクなフィアンセの方だ!
洋平のヤツ!二人だけになったら殺してやる!これは契約違反だわ!
時間をかけてゆっくり苦しむ方法で・・・・そうよ!こうして!こうして!こうやってやる!!
くるみは盛り上がっている二人をよそに布巾を捻ってもみくちゃにした
そこにバタンッと玄関が大きな音を立てた
「麻美!おかえりなさい!」
母と洋平がドタバタとリビングに入って来た麻美に目を向けた
明らかに足音と顔は不満そうな妹を、久しぶりに見てくるみは嬉しかったが、何やら妹の様子がおかしい
「お姉ちゃん!帰ってきてくれたのね」
「麻美!久しぶり!」
肩までボブのふわゆる髪・・・そして二人は姉妹だけあって身長も顔つきも良く似ていた。友人達に貰ったのだろう大きな花束をキッチンにドサッと置いた
「麻美!お姉ちゃんのフィアンセの五十嵐渉さんよ!とうとうお目見えよ! 」
「やぁ!初めまして!結婚おめでとう!お祝い何がいいか決めて姉さんに言ってね!なんでもいいよ!」
と母の紹介に爽やかに洋平は麻美にウィンクをした
「あ・・・ありがとうございます」
麻美は少し洋平に見とれ・・・そして当惑の顔をした
すると次にリビングに誠が入って来て言った
「麻美!話し合おう!」
誠が麻美の腕を掴んだ
「放してよ!!」
その誠を腕を麻美が振り払った、あきらかに二人は何やら揉めている
洋平とくるみはどうしたものかとその場に固まって二人の様子を見た
「どうしてわかってくれないの?何でも私に任せて、二人の結婚式なのよ?」
麻美が誠に向かって怒りをあらわにする
「僕にどうしろと言うんだい?入場行進の曲とか、花を誰に配るとか分からないよ!だから君が全部決めてくれって言ったじゃないか」
「少しは一緒に考えてくれてもいいじゃない!!」
「まぁまぁ・・・二人で何を揉めているの?明日は結婚式なのよ?もう寝ないと・・・困っていることがあったらお母さんが手伝うわ 」
母が二人の喧嘩に割って入った、母の言う通り、二人がどうであろうと結婚式は待ってくれない
誠は明日式場に9時に入るようにしなきゃいけないし、麻美においては6時起きだ
花嫁の支度は何時間もかかり、誰よりも体力仕事だ母の言葉に納得した。二人はなんとか仲直りし、誠はすぐ近所の自分の家に帰り麻美もむくれながらも入浴に向かった
「もう~ごめんなさいね・・・渉さん!お見苦しい所をお見せしてしまって」
「僕は全然かまいませんよ!」
洋平は気を遣う母とくるみを見てニッコリ笑った、こうしてそれぞれ明日の準備のために自室に下がる事にした