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双葉 莉音
188
#フョードル・ドストエフスキー(文豪ストレイドッグス)
旅人X
1,210
#フョードル・ドストエフスキー(文豪ストレイドッグス)
「どうも。」
差し出されたミルクティーを受け取り、フェオドラは静かに微笑んだ。 白磁のカップから立ち上る湯気。柔らかな香り。
(たまには、ミルクティーも悪くないですね)
ほんの僅かに、気分が緩む。 ――けれどそれは、これから行うことを覆い隠すための仮初めの平穏だった。
指先で携帯端末を開く。
「さて、マフィアさん。」
声音はいつも通り穏やかで、冷たい。
「恙なく『共喰い』は終わりそうですか?」
数秒の間。 やがて、震えを含んだ声が返ってくる。
『あぁ……首領と探偵社社長が消えてから、もう九時間だ。』
『決闘場所と見られる洋館跡地は爆破で床が抜けている……生死は不明。朝を待って捜索を開始する予定だ。』
フェオドラは目を伏せた。
(マフィアが裏切るなど、まず有り得ない……)
(となれば――)
ほんの一瞬だけ、思考の端に浮かぶ。
(イワンが“処理”したのでしょうね)
通話越しの呼吸は荒い。 恐怖。焦燥。――そして、縋るような必死さ。
(ああ、この人は……)
『情報は渡した!これでいいだろう!?』
声が大きくなる。
『早く……早くこれを解除してくれ!!』
その懇願に、フェオドラは一拍だけ間を置いた。
「……これは失礼を。」
あくまで丁寧に。
「そのネクタイ型の爆弾は、青い配線を抜けば爆発せず――外せますよ。」
『あ、ああ……そうか……!』
焦る音。 布が擦れる音。 荒い息。
『これで、ようや――』
――ボッ。
一瞬の沈黙のあと、爆発音が空気を裂いた。
「……っ!」
思わず目を細める。 耳鳴りが残る。
「はぁ……はぁ……ああ……」
呼吸が乱れる。
(……ごめんなさい)
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……)
心の奥で、何度も繰り返す。
けれど。
それは決して、表には出さない。
「あの、大丈夫ですか?お顔が……」
近くにいた者の声に、フェオドラはすぐさま顔を上げた。
「大丈夫です。」
何事もなかったかのように微笑む。
「ご心配おかけしました。」
完璧な仮面。
(そうよ)
心の奥の揺らぎを、押し殺す。
(感情に左右されている場合ではない)
ミルクティーを一口、ゆっくりと飲み下す。
温もりが喉を通る。
(なぜなら――)
カップを静かに置く。
その瞳は、もう何も映していなかった。
(――今は、『共喰い』の最中なのですから。)
ーーーーー
ワイヤレスイヤホンから流れる旋律に、そっと意識を預ける。
最初は穏やかな調べ。 やがて、それは重厚な交響曲へと移り変わっていく。
「……アジトに、探偵社とポートマフィアが侵入しましたか……」
誰にも届かないほどの小さな声で、呟く。
指先でカップを持ち上げ、ミルクティーを口に含む。
「……あちっ」
思わず目を細めた。まだ熱が残っていたらしい。
ふっと息を吹きかける。 白い湯気が揺れた。
(……そういえば)
ふと、思い出す。
(イワンの淹れる紅茶は、いつも丁度いい温度でしたね……)
わざわざ冷ます必要もなく、最初から“最適”である一杯。
その事実に、ほんの一瞬だけ、思考が止まる。
しかしすぐに、耳へと意識を戻す。 音楽はさらに激しさを増していた。
「これはこれは……まぁ」
静かな感嘆。
(今頃、イワンが迎撃しているのでしょう)
彼の異能力――『断崖』。
礫岩を自在に操るその力は、攻防一体。 岩の巨人、全方位防御、高速回転、擬似的な分身。
そして何より。
(ここは旧坑道……つまり、“穴”の中)
地の利は完全に彼にある。
(この条件で彼に勝つのは、容易ではありませんね)
静かに結論を出す。
カップを持つ指先は、少しも揺れていない。
(イワンは……兄さんのためなら、何でもする人ですもの)
一瞬だけ、思考が柔らかくなる。
(顔の皮を剥ぐことすら厭わないでしょうし……)
(それに、兄さんに“不幸を感じる部分”を切除されていますしね…まあ、境遇を考えれば、否定はできませんが)
それでも。
そこまでして“従う”という事実は変わらない。
(あの人は、完全に兄さんに心酔している)
だからこそ成立する戦い。
(“負けること”すら、作戦の一部である戦いなど)
普通の人間には、到底できない。
「……“私”は」
ぽつり、と零す。
「イワンのこと、少しは気に入っていたんですよ。」
自分でも意外なほど、静かな声だった。
(兄さんだって……)
一瞬だけ、思考が柔らかくなる。
(美味しい紅茶を淹れる彼を、少しは気に入っていたはずですのに……)
長い時を生きてきた。
何十年。 あるいは、何百年。
その中で、どれだけの別れを経験してきたか――
(……数える意味もありませんね)
ゆるやかに、息を吐く。
(まあでも)
再び、思考が現実へ戻る。
(殺されることはないでしょう)
冷静な判断。
(重要な参考人ですもの)
それが、唯一の“救い”。
カップを傾ける。 今度は、ちょうどいい温度だった。
一口、ゆっくりと飲み下す。
そして、意識を切り替える。
(問題は――)
侵入してきた、二つの組織。
(探しているのでしょうね)
“魔人”を。
主犯である、自分を。
ほんの僅かに、口元が緩む。
「でも……お可哀想に」
ミルクティーの香りが、静かに広がる。
「どれだけ探しても――」
瞳はどこか遠くを見ていた。
「僕は、手の届かないところにいますから。」
ーーーーー
耳元に流れるのは、荘厳な旋律。
――マタイ受難曲。
(……潮時、ですね)
フェオドラは静かに目を伏せた。
ちょうど、ミルクティーも飲み終えたところだった。 カップの底には、もう何も残っていない。
(当分、外には出られないでしょうね)
けれど――それでもいい。
(どこへ行くとしても、兄さんと一緒)
諦めていたはずの“外出”。 それすらも、ゴーゴリと共に叶えた。
あの喧騒。 あの甘い香り。 あの、ほんの少しだけ“普通”だった時間。
(……もう、やり切った)
指先が、わずかにカップの縁をなぞる。
(後悔は、ないわ)
椅子から立ち上がる。
その瞬間――
「やぁ。善い喫茶処だね。」
声。
フェオドラの瞳がこれまでにないほど見開かれた。
「……」
「流石に驚いた顔だね。」
愉快そうに細められる目。
「『何故わかったのか』……そう訊きたいのだろう?」
違う。
そんなことではない。
(……兄さんの言った通りだわ)
胸の奥で、静かに震える。
(まさか本当に……ここまで辿り着くなんて)
“黒幕のドストエフスキーはアジトにはいない” “別の場所から指示を出している”
その可能性に気づき、ここへ来る。
(ああ……本当に恐ろしい)
兄の思考。 兄の計画。
(こんなにも“予定通りに動く”なんて)
だが、それを表に出すことはない。
フェオドラは、あえて微笑んだ。
「ああ……素晴らしい」
穏やかに。
「『神の目』……ですね?」
「そうだ」
答えたのは、あの男。
太宰治
変わらぬ、黒い笑み。
そしてその隣には――
フィッツジェラルド
かつての敵。今は“目”を持つ男。
「盗られた金には興味はないが……」
肩をすくめる。
「やられたままなのは癪でねぇ」
街中の監視網。無数の視線。
――『神の目』。
それが、この場所を暴いた。
「生きていらしたんですね、太宰さん。」
「というかね」
軽くため息をつく。
「この前、君が押し付けてきた手拭いのせいで死ねなかったんだが?」
「……それは」
フェオドラは、ほんのりと笑う。
「よかったです」
「嫌味かい?」
眉間に皺が寄る。
(残念ながら)
(それは“私”の本心なんですけどね)
沈黙。
そして――
ざわり、と空気が変わる。
数秒の後。
武装した者たちが、周囲を囲んでいた。
一人が近づく。
そして――手を掴んだ。
(ごめんなさい)
心の奥で、静かに呟く。
(本当に、ごめんなさい)
「待て!!」
太宰の声。
「そいつに触れるな――」
――遅い。
次の瞬間。
爆音と共に、男の身体が弾け飛んだ。
赤と煙が、静かに散る。
空気が凍る。
(これで……)
ほんの僅かに目を伏せた。
(“触れることが条件”だと、思わせられたでしょう)
実際には違う。
仕込んだのは――
“別の異能”。
盤面は、すでに完成している。
「……!」
ざわめきの中、声が飛ぶ。
坂口安吾
冷静な警告。
分析。
だが――
フェオドラは、ゆっくりと息を吐いた。
そして。
ほんの少しだけ、肩の力を抜く。
「……ええ」
観念したように。
だが、それもまた演技。
「行きましょう」
差し出された状況を、受け入れる。
その姿はあまりにも穏やかで。
あまりにも従順で。
――だからこそ、誰も気づかない。
すべてが、彼女の掌の上であることに。
イヤホンの中で、受難曲は静かに終わりへ向かう。
そして。
「――これで」
誰にも聞こえないほど小さな声で。
「共喰いは、終わりです」
幕は下りた。
すべては、計画通りに。
ーーーーーーーーーーーーーーー・・・
作者の猫の小判です。
いつも読んでいただいている皆様に、謝罪しなければならないことがあります。
実は、他の作品の執筆が盛んな影響で、今作の進みがおそらくかな〜〜〜り遅くなってしまうと予想されます。
でも!大まかなストーリーの流れはすでに考えてあるので、是非とも完走していきたい所存です!
次のお話、いつになるかはまだ危ういですが、お楽しみにしていてください!
コメント
5件
お疲れさま、第10話読了! フェオドラのミルクティーと爆弾のギャップがたまらん。「ごめんなさい」連呼しながら冷徹な仮面をかぶるの、最高に危険な香りで好き。太宰と神の目で追い詰められる展開も緊張感あって読んでてじわじわきた。最後の「共喰いは終わり」の台詞、計画通りって言い切るのがもうフェオドラらしくて痺れた。更新遅くなるのは寂しいけど、まったり待ってるからね!完走楽しみにしてる🔥