「八丁念仏はさ、審神者のことを雇い主って呼んだり、契約延長について話したりするでしょ」
私の八丁くんに限らず、ほとんどの八丁念仏にその傾向は見受けられる。売られたり、捨てられたり、あるいは下げ渡されたりする可能性を視野に入れる刀は複数居るが、そのどれとも少々八丁念仏は異なる。他の刀は審神者と自身との関係を特別なことがない限り、末永く続く主従関係だと認識している。先程述べた事柄はどれも審神者からのアクションであり、刀は受動的にそれを受け入れるだけだ。
しかし八丁念仏は傭兵意識が強く、また自身をただの八周年の記念品でありそれ以外の価値は殆ど無いと思い込んでいる節がある。つまり、彼だけがそもそも審神者との契約は己が特別な戦功を挙げない限り途絶えるものであるとしているのだ。なお、八丁念仏に関する審神者専用スレッドでよく見かける叫びは「契約延長して来世まで雇ってやろうかこのヤロウ」である。閑話休題。
まあそんなこんなで普段の明るい振る舞いとは裏腹に色々と抱え込んでいる彼を私は注意深く見守っていたのである。
「いつも笑顔だけど無理してないかなとか、ちゃんと人の身楽しめてるかなとか気に掛けてたら、その、だんだん好きになってしまったワケでして……」
うん、改めて口に出してもわけが分からない。何で惚れたんだろう。語尾が窄まっていく私に鶯丸は微笑んで、そっと1枚の書類を手渡した。あっはい誤字ですね、直しまーす。
「まあ、細かいことは気にするな。心なんて、何年生きていようがよくわからんものだ」
古刀の言葉だと思うと説得力が強い。アラサー(アラウンドサウザンド)からの有り難いお言葉をそっと胸にしまい、くふくふと機嫌のいいねこちゃんの如く笑う鶯丸をぼんやりと眺める。さっきからずっと笑いっぱなしですね。まあいいけど。刀剣男士と上手く付き合うコツは誠意と頑張りとちょっぴりの諦めだ。生まれが千年変わりゃ分かり合えないことだって沢山ある。
「それで、八丁念仏の好みだったか?」
「お、覚えててくれたんだ」
「忘れるわけが無いだろう。だが、俺が勝手に言っていいものか……」
鶯丸は暫し逡巡する様子を見せたが、天秤は私にとっては幸いなことにバラしてしまう方へと傾いたようだった。
「好み、といっていいかはわからんが、アイツは主のことを好いていると思うぞ」
「ぅえあっ!?」
思いも寄らなかった答えに奇声を上げてしまった。いきなり負荷を掛けられた喉は噎せることで不服を表明する。鶯丸はゲホゲホと苦しそうにしている私に近付き、そっと背を撫でてくれた。優しい、ありがとう、でもそれ私が聞いてよかったやつ!?両想いかもしれないことに喜べばいいのか、気まずさを噛みしめるべきなのか。八丁くんにどんな態度を取ればいいの。少なくとも書類整理中にする話題ではなかった、いや、私が十割悪いのだけれど。
ある程度落ち着いたところで、思い浮かんだ疑問を投げかける。ここまでくればもう何も怖いものなんてない。高速槍だって倒せる気がする。
「でもさ、八丁くんの笑い方ずっと愛想笑いのままな気がするんだけど。好いている相手に愛想笑いってし続けるものなの?」
そう、そこなのだ。注意深く見守っていたけれど、顕現時に向けられた笑顔と今見せてくれる笑顔はほぼ変わらない。だからこそ、こうやって相談会が開かれているのだが。
「そうか?あれは心からの笑みだと思うが……。変わらないと思うのなら、最初の作り笑いが完璧だったということだろう」
「えぇー……。うそ、そんなオチなの?」
「疑うのなら、この仕事が終わったあとにでも見に行けばいい。見る方の心持ちが変われば、自ずとわかることだろう」
とまあ、このような一幕が冒頭に繋がったわけである。
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