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なるべく映画が始まる前に集中して食べ、始まったあとは『国宝』の世界に一気に魅入られた。
今まで歌舞伎って別世界のように思えて、知識もないし見に行っても楽しめないのでは……と思っていたから、都内に歌舞伎座があるのは知っていても近づく事はなかった。
でもこうやって映画として歌舞伎の裏側について語られると、表の華々しい世界だけじゃない事がよく分かり、俳優さんの苦悩もひしひしと伝わってくる。
何より芸事に魅せられた主人公の波瀾万丈な人生、どんなに転落しても芸だけは手放さない、そんな覚悟、歌舞伎に人生を捧げた人の生き様を魅せられた気がして、息をつく間もない。
主人公が地方公演で酔っ払いに絡まれて暴行を受け、自暴自棄になりながらも屋上で舞っていたシーンは泣いたし、ラストの『鷺娘』はあまりに圧倒的で、全身に鳥肌が立ってしまった。
まるで実在する歌舞伎役者の一生に触れたような気持ちになり、ボーッとしているところ、美しいエンディング曲がかかり、場内が明るくなったあとも私はぼんやりしていた。
「大丈夫か? ラウンジ行くぞ」
「あ、はい」
尊さんに声を掛けられ、私は「はぁ……」と溜め息をついてから立ちあがった。
そのあと、見晴らしのいいラウンジでウェルカムドリンクと、ちょっと摘まむチョコレートを無料で出してもらい、ゆったりとしたソファに腰かけて映画の感想を話し合っていた。
恵は私ほど映画館に足を運ばないけれど、それでも今回の映画はやっぱり感動したみたいだ。
「なんか、いいの見せてもらってありがとうございました」
お礼を言うと、尊さんは微笑む。
「朱里、いつもサスペンスものとかホラー、アクションが多いけど、たまにはこういうのもいいかと思って」
「良すぎました……」
溜め息をついて遠くを見ていたけれど、今夜はまだ予定がある。
「落ち着いたらホテルに戻って、一旦休憩して、ぼちぼち支度しようか。花火大会は十九時からだけど、現地に着くまで道が混むと思うから余裕を持って行動しよう。浴衣だと動きにくいとかもあると思うしね」
涼さんに言われ、恵がボソッと言った。
「花火娘だな」
「だねー、両手に手持ち花火持って、グルグル舞おうか」
「火事になるって」
そんな会話をしたあと、私たちは少々面倒ながらも、エレベーターの作り上、一旦一階まで下りて、それからホテルに戻った。
部屋に戻った私は、「ファー!」と某お笑い芸人さんみたいな声を上げ、ソファの上に寝転ぶ。
テーブルの上には、先ほど買ったジュエリーの紙袋がのっていた。
「まだ時間あるから、ちょっとなら寝てもいいぞ」
「浴衣って誰が着付けるんですか?」
「着付けてくれる人が、ホテルまで来てくれる」
「それも手配したんですか?」
「まぁな。やるならとことんだ」
「……あ。料亭でのお食事って、畳にお座りでしょうか?」
私は不安になって尋ねる。
普段正座して食事をする事ってないから、着慣れない浴衣とその体勢とで、せっかくの場を台無しにするのは恐い。
「いや、掘りごたつだから問題ない」
「良かったぁ……!」
溜め息をついた私は、「ミコミコミコミコ……」と言いながら体をズリズリ移動させ、座っている尊さんの腰に抱きつく。
「ミコッ」
「なんだよ。リトルグレイの確保か?」
「アカリンジゴク」
そう言って私はアリジゴクよろしく、両手でギューッと尊さんの腰を抱いて、お腹に顔を埋める。
クスッと笑った彼は私の頭を優しく撫で、穏やかな時が流れる。
「……結婚式、来年だけど考えていかないとな」
「……ですね」
私は微笑み、どんなドレス、または白無垢を着たいのか想像してみる。