「三岡先生、手紙を預かって頂くことは出来ますか?」
「預かることは出来ます」
「リョウコへ届けてもらえますか?」
「持っては行けても彼女の手に届き、彼女の目に入るかどうかはお約束できません」
三岡先生のその言葉に、リョウコの精神状態が不安定で危ういものだと悟る。
手紙なんて生まれてから一度も書いたことがない。
しかしリョウコの親でさえ連絡が取れない今、手紙と三岡先生に頼るしかない。
生まれて初めてレターセットというものを買おうとしたが、やたらとハッピーな絵柄にムカつき、仏事を思い起こさせるような地味な絵柄に苛立ち、結局、真っ白い50枚綴りの便箋と20枚入りの真っ白い封筒を買った。
書こうと決めたものの、真っ白い便箋を前に固まってしまった。
何をどう書くか以前に、頭が真っ白になってしまったのだ。
大きな音をたて椅子から立ち上がりベッドにドスンと仰向けに倒れると
「佳佑?入るぞ」
颯佑が、どうした?と入ってきた。
「いや…別に」
天井を見つめたまま答えた俺に
「あっ…佳佑、これ何枚かもらう……サンキュ」
颯佑が勝手に便箋数枚をちぎりとり、封筒も数枚持って部屋を出て行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
隣の佳佑の部屋から聞こえたガタガタッ……という大きな音とドスンという響き。
何をやってんだ?
佳佑の部屋に行ったがベッドに仰向けたままの佳佑からは、まともな返事が返って来そうにない。
ふーん……と部屋を見渡し目に入った便箋と封筒に‘これだっ’と思うと同時に数枚拝借する。
いや、返すつもりはないのでもらった。
伝えたい相手、伝えたい言葉に迷いはない。
ただその一言をどこに書くかは少し迷った。
左上の手紙の書き出し部分?
一番下にひっそり?
だが、迷いのない言葉を遠慮がちに書くことはないと真ん中に書くことにした。
会いたい
それだけだ。
それを封筒に入れ自分の名前だけ書く。
無駄なものは何もいらない。
行間や空白を読み取るような詩的感覚も必要ない。
ただ‘会いたい’の4文字だけが届けばいい。
応えてくれよ、リョウ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
颯佑が出て行ったあと、リョウコにいつも話すように書けばいいかと思い、再び便箋を前に椅子へ座る。
時間を掛けて書き上げたものを丁寧に折りたたみ、一旦封筒に入れてみる。
そうして椅子から立ち上がると、その封筒を手にベッドへ腰かけた。
封筒から今入れたばかりの便箋を取り出し、ゆっくりと広げて読み始める。
実際にリョウコが目にすることを考えて、客観的に手紙をみようと思っての行動だった。
だが、よく夜に電話して確認していたような内容に呆れてしまう。
気になるのだから仕方ないよな……リョウコが一人暮らしなんて、危険がいっぱいだと思うから。
リョウコがおばちゃんと二人で暮らしている時には感じなかったが、おばちゃんがおっちゃんのところへ行った途端に心配になった。
マンションじゃない一軒家だ。
窓が多い。
油断するとどこからでも侵入可能だと思う。
5月だったか……2階の窓を開けて網戸で寝たと聞いて
「何考えてんだ!?襲われたいのかっ!?」
そう怒鳴ったことを、昨日のことのように思い出す。
今はどんなところに住んでいるんだ?
寒い思いをしていないか?
風邪をひいてはいないか?
食事は出来ているのか?
金に不自由はないか?
結局、そのようなことの連なったつまらない手紙しか書けなかった。
二度目、三度目も同じようにしか書けなかった。
ただリョウコの無事を祈り、不自由なく安全に穏やかに生活していてくれと……
颯佑も俺の部屋から持っていった同じ封筒で、リョウコへの手紙を書き三岡先生に預けていた。
何度目かに
「なぁ、颯佑……手紙って難しいな」
そう言った俺に、颯佑は怪訝そうな視線を向ける。
「難しくないのか?」
「全く。毎日でも一日に何通でも書ける」
今度は俺が颯佑に怪訝そうな視線を向ける番だった。
「手紙、見せてもらっていいか?」
「いいぞ」
翌日、颯佑が見せてくれた手紙には
‘会いたい’
の4文字が温度を持って並んでいた。
俺はガツン……と頭を殴られたようなショックを受けるとともに、自分の気持ちに気づいたんだ。
俺はリョウコを好きなんじゃないのか…好きだと思っていたが……違う?
数年前、付き合っていた彼女とキスしたところをリョウコに見られた。
その時、俺の心臓が嫌な音をたてたんだ。
その音は一晩中鳴りやまず、俺はリョウコが好きなんだと思った。
すぐにその時の彼女とは別れ、リョウコに構い始めたと自覚している。
おばちゃんも、リョウコと二人で暮らしていたからか、俺が家に出入りして飯を食ったり、リョウコを迎えに行くのを歓迎してくれていた。
雨が降りそうだと思えば一番にリョウコのことを思い出し、2日会ってなければどうしているかと思い電話をかける。
間違いなく大切な相手だ。
だが今……颯佑の手紙を前に、自分の気持ちが颯佑のものとは違うと気づく。
「俺、リョウコが大切で大事で仕方ないけど……忠志くん目線だったのかもしれない…好きだと思っていたんだ。好きなんだけど颯佑を好きなのと同じか?」
「チッ……俺にキモいこと聞くなよ」
「お前も俺のこと好きだろ?」
「マジでキモいんだけど……兄弟で、好き好き言い合う奴がいるか?」
舌打ちしながら大袈裟に首を振り、丁寧に手紙を封筒に入れた颯佑は
「佳佑は、俺とリョウの兄ちゃんってことだ」
ほんの少し頬を緩める。
「そうだったか…そうだな……手紙を書いて気づくとはな…」
「佳佑のも見せろ」
「無理」
もう封をしてあるからと、俺の手紙を見せることは断固拒否し弟の‘会いたい’が一日でも1時間でも早く叶うように願った。
俺がリョウコに会うのはそれからでいい。
コメント
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ううう(ó﹏ò。) 手紙を書くという事をしなければ、気付く事のなかった佳ちゃんのほんとの気持ち。 でも2人の「「リョウ」コ」へそれぞれの熱い想いは何年経っても変わらない。 佳ちゃん私も願っています🥺一緒におかえり!自転車いい調子だぞって言いたい。