たまに事務所の方とランチに出るようになった以外は特に大きな変化はないまま、年を越した。
佳ちゃん颯ちゃんからの手紙はあれからもう一度受け取ったが、それも変わりない手紙だった。
ただ、同じように便箋の中央にポツリと書いてある‘会いたい’が少し小さく見えてなかなか目が離せなかった。
明日は今年初出勤という今日、あまりに運動不足ではないかと昼過ぎにマンションを出た。
いつも通る通勤とは違う方向へしばらく歩くと、体がポカポカしてきてマフラーを外す。
立ち止まった私の隣を2台のロードバイクが走り去り、佳ちゃん颯ちゃんを思い出す。
それを振り払うように再び歩き出すと、木の扉が温かい雰囲気の美容室が目に入った。
カットしようか……顎下ラインで切り揃えていた髪は、すでに肩にあたり扱いづらい。
「…すみません、予約していないのですが……」
小さく扉を開けて店内を覗く。
普通に入って聞けば良かったかな…怪しい態度だったかな……と思ったとき
「こんにちは。20分ほどお待ち頂けるなら大丈夫です」
芸能人でしか見たことがないような素敵なショートカットのお姉さんが、扉まで来て言って下さったので待たせてもらうことにした。
店内には3面の鏡と椅子があり、美容師さんは二人いた。
「初めてですよね?ありがとうございます。施術カルテ作成のため、こちらへ差し支えのない範囲でご記入お願いします」
名前と電話番号だけ記入し、住所は書かなかった。
そんなに頻繁に来ないだろうしハガキとか要らないや。
そして少し待つと、先ほどのショートカットのお姉さんが私を席に案内してくれる。
「今日はどのような感じがご希望ですか?」
どのような感じ…あまりいろいろとやったことがないからわからない。
「この長さから伸ばしていかれるかとか、雰囲気を変えたい、変えたくないとか…ご希望のイメージがあれば」
私の髪を一束つまみながらにっこりと笑うお姉さんと鏡の中で目が合う。
「あの……私、ずっとこのあたりの長さで…今、少し伸びたのでこのまま少し違った感じに出来ますか?」
「顎ラインのボブだったんですね。ここまで伸びていれば変わりますよ。段入れてもいいですか?」
「はい」
「お顔周りも…このあたりは短めで動きを出せば、ずいぶん軽くなりますね」
「…そういう感じで、お任せします」
髪を触りながら丁寧に教えて下さるがあまりイメージ出来なかったのは、私の経験不足だろう。
ここは‘軽くなる’と言うお姉さんにお任せしてみよう。
お姉さんは
「うちは何かで見て下さったんですか?」
など、今どきの差し障りのない声かけをしながらハサミを動かす。
私も短く、偶然見つけたくらいにしか答えないけど、お姉さんは気にする様子でもなく
「いいタイミングで来て下さって嬉しいです。年末は忙しいですが年始は暇な時があるんですよね。今日このあとは予約がなかったので」
言葉もハサミも軽快に動かしたお姉さんによって、ボブとは全く違う、毛先に動きのあるスタイルに仕上がった。
「今の長さは肩に当たるのでハネぎみが気になる時はこうして…ワックスを使って外ハネを楽しんで頂ければいいですし、もちろん全て内側にブローして頂いてもおさまるようにカットしてます。お客様のお顔が小さいのでお体とのバランスを考えると片側はこうして耳にかけてもらってお顔を出すのもいいと思います」
お姉さん、ありがとう。
今度の休みに洋服を買いに出掛けようかと思うほど、気持ちが明るいよ。