テラーノベル
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宝石に見えるものほど、信用しない。
十階の教訓としては、かなり分かりやすかった。
俺たちは宝飾品型の魔物がいた広場を抜け、さらに奥へ進む。
通路の雰囲気は、少しずつ変わっていった。
黒みがかった石壁はそのままだ。
けれど、壁に刻まれている彫刻が減り、代わりに深い傷が増えていく。
斧で削ったような跡。
爪でえぐったような跡。
何か重いものがぶつかったような亀裂。
床にも、古い戦闘の痕跡が残っていた。
割れた石板。
焦げたような黒い跡。
折れた槍の柄のようなもの。
「……なんか、物騒になってきたわね」
ノエルが、少しだけ顔をしかめる。
「宝石の次は武器の残骸か」
「順番としては嫌すぎるわよ」
「……奥に、広い空間があります……」
フィーネが前方を見つめたまま言った。
「魔力反応も、多いです……ただ……今は、動いていません……」
「動いていない?」
「……眠っている、みたいな感じです……」
眠っている。
その言い方が、かなり嫌だった。
「全員、警戒。たぶん、奥に入ったら起きるタイプだ」
「ダンジョンって、そういうところ律儀よね」
ノエルがぼやく。
クロエはロッドを肩に乗せながら、軽い声で言った。
「でも、お宝よりは分かりやすくていいかもね♪」
更に進んでいくと、前方の通路が急に開けていた。
その先にあったのは――巨大な円形の空間だった。
◆
闘技場。
最初に浮かんだ言葉は、それだった。
天井は高い。
広場どころじゃない。ちょっとした体育館どころか、小さな競技場くらいはある。
円形の床。
周囲を囲むように段差のある石の高台。
その高台には、観客席のような石段がぐるりと並んでいる。
壁には、いくつもの鉄格子があった。
大きいものもあれば、小さいものもある。
獣を閉じ込める檻。
あるいは、魔物を放つための門。
そう思った瞬間、背筋に嫌なものが走った。
「ここ、完全に闘技場じゃない」
ノエルが小さく呟く。
「……中央に、魔力が集まっています……」
フィーネが床を見た。
円形の闘技場の中央には、うっすらと紋様が刻まれている。
獣の爪。
そして、巨大な角のような模様。
九階で見た角の獣とは少し違う。
だが、どこか似た気配があった。
「シンゴ様」
セリナが静かに声をかける。
「はいっても、よろしいのでしょうか」
「正直、入りたくはないな」
俺は闘技場の床を見た。
入口から中へ入れば、背後は一本の通路。
正面と左右には鉄格子。
中央に立たされれば、どこからでも敵が出てくる。
あからさますぎる。
けれど、奥へ進む通路は見当たらない。
この闘技場を抜けなければ、先には進めない作りだ。
「……行くしかないか」
『闘技場きた』
『これ絶対ラッシュ戦だろ』
『扉閉まるやつだ』
『中央行ったら始まるやつ』
コメント欄がだいたい正しいことを言っている。
俺は苦笑しながら、闘技場の入口をくぐった。
一歩。
二歩。
三歩。
全員が中へ入った、その瞬間。
背後で、重い音が響いた。
ゴォンッ!!
振り向くと、今通ってきた入口に巨大な石扉が落ちていた。
「ほら閉まった!」
ノエルが叫ぶ。
「予想通りだな」
「予想通りでも嫌なものは嫌なのよ!」
クロエが笑う。
「閉じ込めイベントだね♪」
「楽しそうに言わないで」
背後は完全に塞がれた。
石扉の向こうから敵が来る気配はない。
つまり、守るべき方向は一つ。
これから開くであろう鉄格子側だ。
セリナがすぐに前へ出た。
二枚盾を構え、俺たちの前に立つ。
「皆様、わたくしの後ろへ。前方は、このセリナが受けます」
「頼む。全員、中央に出すぎるな。入口側に寄りすぎても潰される。少しだけ中央寄りで陣形を作る」
「……はい……!」
フィーネが頷く。
ノエルが手をかざし、クロエがロッドを構える。
闘技場の中央の紋様が、赤く光った。
次の瞬間。
四方の鉄格子が、同時に上がった。
◆
まず飛び出してきたのは、黒い影だった。
ブラックドッグ系の魔物。
ただし、三階で出た個体より少し大きい。
赤い目。
黒い体毛。
口元から漏れる煙。
それが五体。
続いて、小型のゴブリンが十数体。
リザードマンが数体。
天井近くからは、羽音とともにコウモリ型の魔物が降ってくる。
一種類じゃない。
混成の群れだ。
「……多いです……!」
フィーネが声を上げる。
「セリナ、正面頼む! ノエルは後衛の周囲に結界! クロエ、上の飛行型を落としてくれ! フィーネは危険個体の確認を頼む!」
「承知いたしました」
「任せて!」
「オッケー♪」
「……はい……!」
返事が重なった。
そこへ、ブラックドッグが先頭を切って飛び込んでくる。
速い。
だが、今はセリナがいる。
「止めます」
セリナが二枚盾を広げた。
一体目の突進を盾の正面で受け、二体目を左の盾で流す。
三体目が横へ回り込もうとしたところで、セリナは足を一歩ずらし、通路を塞ぐように位置を変えた。
ガァンッ!
ガキンッ!
牙が盾に弾かれる。
「正面、止まりました!」
「助かる!」
俺はセリナの盾の横から出る。
一体目。
首を斬る。
二体目。
跳ねたところを胴で断つ。
三体目は、横から飛んできたリザードマンの槍に隠れるように迫ってきた。
「……シンゴさん、右下です……!」
フィーネの声。
俺は半歩引き、槍を避ける。
そのまま下から来たブラックドッグへ剣を落とす。
青い光が散った。
「フィーネ、ナイス!」
「……はい……!」
上では、コウモリ型の群れが広がっていた。
クロエがロッドを振る。
「まとめていくよ♪ ファイヤーボール!」
炎の玉が三つ、空中で分かれて飛ぶ。
コウモリ型の群れの中へ入り込み、爆ぜた。
赤い火花。
黒い羽。
青い光。
飛行型の半分ほどが一気に消える。
「クロエ、左上に残り!」
「見えてる♪」
二発目の炎が走る。
だが、下のゴブリンたちもじっとしていない。
小型ゴブリンが数で押し寄せ、リザードマンが槍で後衛を狙おうとする。
ノエルが結界を張る。
「《多層聖界・プリズムウォール》!」
光の壁が、ノエルとフィーネ、クロエの周囲に薄く重なる。
リザードマンの槍が結界に弾かれ、ゴブリンが体勢を崩した。
「防げるけど、数が多いわよ!」
「減らす!」
俺は前へ出る。
一体。
二体。
三体。
ゴブリンは軽い。
だが、数でまとわりつかれると厄介だ。
正面からはセリナが止めてくれている。
上はクロエが焼いている。
後衛へ抜ける攻撃はノエルが結界で防ぐ。
フィーネが危険な動きを拾ってくれる。
敵は多い。
けれど、崩れない。
フィーネが見つける。
セリナが止める。
ノエルが守る。
クロエが減らす。
俺が斬る。
一体ずつなら弱い。
だが、混ざると厄介な群れを、役割で処理していく。
『ラッシュ戦きたあああ』
『セリナが前にいる安心感すごい』
『クロエの空中処理うまい』
『フィーネちゃんの索敵助かる』
『ノエル結界ないと後衛終わってた』
最後のリザードマンが、セリナの盾に弾かれた。
俺は踏み込み、胸を斬る。
青い光が散る。
闘技場に、ほんの一瞬だけ静けさが戻った。
「……終わり?」
ノエルが息を吐く。
「いや」
俺は闘技場の壁を見た。
「たぶん、今のは一波目だ」
その直後。
奥の鉄格子が、重い音を立てて開いた。
◆
出てきたのは、さっきまでの雑魚とは明らかに違った。
一体目。
全身を分厚い鎧で覆ったリザードマン。
手には大きな槍。
他のリザードマンより一回り大きく、目つきも違う。
二体目。
双斧を持つオーガ。
灰色の皮膚に、古傷だらけの太い腕。
両手に持った斧は、普通の人間なら片方でも持てない重さだろう。
三体目。
黒い布をまとった、ゴブリンの術士。
ただし、小柄な雑魚とは雰囲気が違う。
黒い外套の下には骨や牙で作られた首飾りが揺れ、手にはねじれた木の杖。
額には赤黒い紋様が刻まれていて、濁った目の奥に、こちらを観察するような知性がある。
周囲には紫色の魔力が、煙のように浮かんでいた。
「中ボス級か」
俺が呟くと、ノエルが嫌そうに眉を寄せた。
「一気に出すものじゃないでしょ、普通」
「闘技場だからな。観客がいたら盛り上がるんじゃないか」
「いないわよ! いても困るわよ!」
『中ボス三体!?』
『第二波えぐい』
『術士いるぞ』
『ゴブリン術士から潰せ!』
『オーガもやばい』
コメント欄の判断は早い。
俺も同じだ。
「術士から潰す。クロエ、雑魚が出たらまとめて止めてくれ。ノエル、術士の射線を切る。セリナ、オーガを止められるか?」
「お任せください」
セリナが静かに前へ出る。
双斧オーガが、笑うように牙をむき出した。
その奥で、黒外套のゴブリン術士が杖を掲げる。
紫色の魔力が、闘技場の床にじわりと広がった。
フィーネの耳が、ぴんと立つ。
「……来ます……! 術式、かなり速いです……!」
双斧オーガが吠えた。
重装リザードマンが槍を構える。
ゴブリン術士の杖先に、紫の火花が集まっていく。
雑魚の群れは終わった。
けれど、闘技場はまだ終わらない。
第二波。
ここからが、本番だった。
コメント
1件
第114話、めっちゃ熱かったです…! 闘技場に閉じ込められてからの連携バトル、役割がちゃんとハマってて本当に気持ちよかった。セリナが前に立つ安心感、ノエルの結界、クロエの空中処理、フィーネの声掛け、シンゴの判断…全員が生きてる感じがすごい。最後の「ここからが本番」でゾクッときました。次がもう気になる…!