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1年くらい前といえばちょうど、自分はスランプに陥っているかもしれないと自覚時始め心がもやもやしていた頃だ。
樹杏もその時期に恋人と別れたこともあり、しょっちゅう一緒にご飯を食べていた。
「あー……思い出した。あそこだよね? 瀬戸内さんから教えてもらった、ワインによく合うメニューが揃ってるイタリアンのお店」
『そうそう、ようやく思い出したか』
「うん。確かせっかくだからって、3人で一緒にご飯食べたんだよね」
(樹杏のコミュ力のおかげで、最初から3人で会う約束してました、みたいな自然な感じでご飯を楽しんだんだっけ。でも、連絡先交換なんかしてたっけ?)
『あの時、瀬戸内さん驚いてたじゃん。空木先生って本当に友達いたんですね。僕、てっきり空想の人物かと思ってましたって』
「……あー! そうだったよね! しれっとまた失礼なこと言ってた!」
『そうそう! 私も綾乃から瀬戸内さんの話は時々聞いてたから、噂どおりの失礼な人ですねって言ったら、瀬戸内さん、僕のことを言っていたんですかってさらに驚いて……で、なんかその流れで、何かあった時のために連絡先聞いておいていいですか? て聞かれて、綾乃の目の前で連絡先交換したんじゃん』
「そうそう、そうだった。樹杏、人付き合いいいけどちゃんと線引きするところはするから、あっさり交換したことに驚いたんだよね」
『ナンパ目的じゃないのがわかったからね。瀬戸内さん、失礼なこと平気で言うけど、綾乃のことを気にかけているのが見ていてわかったから』
「あー……」
書きたいことが思い浮かばない、何を書いていいのかわからない。
ようやく絞り出してプロットを作ろうとするけれど、話が広がってくれない。
そんな迷路の中に迷い込んだような私の現状を、瀬戸内さんなりに気遣ってくれていたのだろう。
(あの時は、何かあった時のためにってどんな時よって毒づいた記憶しかない……。申し訳ないことしちゃったな。……ん? ちょっと待って。ということは……)
「もしかしてあれからずっと瀬戸内さんとやり取りしてたの?」
『ううん、今回が初めて。しかもいきなり、空木先生がお休みすることになりました。それに付き合ってくれとは言わないけど話を聞いてあげてくださいなんて言うから、これはすぐに電話しなきゃって思ったの』
「……ごめん、心配かけて」
『なーにみずくさいこと言ってんの! あんたと私の仲でしょ! 怒るよ?』
親友の頼りになる言葉に、私は思わずホッとして泣きそうな声を出した。
「……ごめん~~……。実は電話かけてくれる直前、樹杏のこと考えていたんだ……」
『よしよし、そんな可愛いこと言うなら許してあげる。……で? 瀬戸内さんから詳しくは聞いてないんだけど、何があったの?』
「実は……」
私はこれまでの経緯をひとつずつ樹杏に説明していった。
だんだん書けなくなってしまったこと。
あと半年、今の状態が続けばジーニアス出版との繋がりがなくなってしまうかもしれないこと。
……そしてその間、書くことを少し休んで三次元での恋愛に目を向けてみたらと言われたこと。
『……なるほどねぇ……。まあ、瀬戸内さんの言うこともわからないでもないね』
「……樹杏もそう思う?」
『だって、綾乃の好きな、なんだっけ……アレクとかロンとか? 推しキャラとの恋愛を妄想できても話が膨らまないんでしょ? だったら現実世界で恋愛して、その経験を推しキャラとの恋愛にはめ込んでみるのもよし、はめ込まずにそのまま書くのもよしじゃない?』
「……そうやって言うのは簡単なんだけどね。ねえ樹杏、ぶっちゃけ私にこの三次元で恋愛なんてできると思う?」
『………………………………』
「いや沈黙長いな!」
『あはは、ごめんごめん。私も言ったはいいけど難しいなと思って。あっ、でもすぐにはって意味だよ? 1年か2年かければ……』
「……半年しかないから」
『だよねぇ……じゃあ紹介とか?』
「あー……それ絡みで瀬戸内さんには、実家にしばらく帰ったらって言われた」
『それは絶対やめたほうがいいね』
樹杏の即答に思わず吹き出す。
『この年齢で長期で帰ったらなに言われるかくらい、綾乃だってわかってるでしょ。 盆暮れ正月、二泊三日! それが限度!』
「……じゃあ、他に何かいい案ある?」
『とりあえずさ、綾乃自身ストレス溜めないように毎日したいことして過ごすようにして』
「うんうん」
『そのうえで、何か出会いの場を探すと。街コンとか行く気になれば私が付き合ってあげるし、私が知ってる人の中に誰かいい人いないか考えておくよ』
「……できるかな、私に。そんな短期間で」
『やってみる前からのそれ、綾乃の悪いとこだよ? もしかしたら、すぐに心開ける人と出会えるかもしれないんだし。最初からムリだムリだなんて言ってたら、何もできないじゃん』
「うっ……ごもっとも」
『とにかく! 綾乃は確かに人見知り激しいけど、普通に会話することはできるんだから、場数を増やせばきっとなんとかなるって! で、ならなかったら、私のこれまでの恋バナ全部包み隠さず話してあげるから、そこから何かを絞り出せばいいじゃん!』
「……私、樹杏の恋バナ大概聞いてきたと思うけど」
『ふっふっふ……甘い甘い。まだまだ山のようにあるんだから』
「ええっ! それ今聞きたい……!」
『それはだーめっ!』
樹杏はひとしきりコロコロ笑ったあと、優しく、そして程よく力が抜けた声音で私の名前を呼んだ。
『綾乃』
「……ん?」
『……いつでも連絡しておいで。何かあっても、何もなくても』
「……うん、ありがとう。……樹杏もね?」
『ふふっ、ありがとう』
私たちはそれからいくつか他愛もない言葉を交わしたあと、電話を切った。
「……ふぅ、なんかすっきりした」
改めて、樹杏の存在に感謝する。
スランプは自分にしか解決できない。
けれど相談できる人がいるのといないのとでは、解決までの手段の数が俄然変わってくる。
それは迷いが多くなるということではなく、自分にとって一番いい方法を見つけ出しやすくなるということだ。
「よし! 前向きに考えて頑張ってみよう!!」
そう小さく叫び、ぐうっと手を上に伸ばす。
その時──
キキ―――――ッ!!
突然、曲がり角からか無灯火の自転車が飛び出してきた。