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「きゃあっ!!」
「っ! うわっ!!!」
咄嗟に自転車をよけようと身体をひねる。
するとその拍子に足首がおかしな方向に曲がりふらついた私は、そのまま地面に尻もちをついた。
ドンッ!
手に何かがぶつかるような、硬く鈍い音が響く。
けれどその時私の意識は音のほうではなく、完全にお尻と足に走る激痛に向けられていた。
「いったぁ~……」
エコバッグを持った手は、何かコンテナのようなところに投げ出し、もう片方の手は地面についている。
体勢を整えようとしても、お尻と足首が痛くて、モゾモゾとしか身体を動かせない。
(ヤバイ、捻ったかな……。もう、踏んだり蹴ったりだよ……)
今日はなんて最悪な日なんだろうと、泣きそうになるのをなんとかこらえる。
すると私にぶつかりかけた高校生が、自転車に乗ったまま焦ったように声をかけてきた。
「す、すみません! 大丈夫です………………」
「あっ、はい。私もボーッとしていたから……」
心の中で、9割がた君のせいだよね?と思いながらも、引きつった笑顔で高校生を見上げる。
けれど高校生は、私ではなく私の背後をぎょっとした表情で見ていた。
「…………」
「…………あの?」
「っ!?」
なんだろうと声をかけると、高校生はわかりやすいくらいビクッと身体を震わせたあと
「やべっ……」
と小さく呟き腰を浮かせたかと思うと、その場からものすごい勢いで走り去っていった。
「ええっ……!?」
あまりに突然な行動に、引き留めることも忘れ呆然と高校生が走り去った先を見つめる。
「ちょっ……なんなのあの子……」
ほとんど減速もせず曲がり角を曲がってきて。
尻もちをついたまま立てない私を助け起こすでもなく。
やべっとだけ呟いて立ちこぎで走り去るだなんて。
(態度わるっ……っていうかそれ以前に意味がわかんない!)
お尻と足首の痛みも相まって、怒りがふつふつと湧いてくる。
「あー! もうムカつく! 謝ってくれたけどムカつく!」
とはいうものの、こんなところでいつまでもぷりぷり怒りながら座っていてもどうにもならない。
ひとまず立たなくちゃと痛みのないほうの足を軸に立ち上がろうとする。
その時──
「マジか……」
頭上から男の人の声が降ってきた。
顔を上げると、くりっとした目の整った顔立ちで、30歳いくかいかないかの爽やかな男性が、驚いたように口に手を当てくりっとした目をさらに見開き、私と背後を交互に見ている。
「あ……あの……?」
「っ……ああ、えっと……うーん……何から突っ込んでいいのやら……」
もしかして、私が酔っぱらって座り込んでいるとでも思っているのだろうか。
そう思い、地面についていた手を彼に向かってぶんぶんと振る。
「あのっ! 私、酔っ払いじゃないですから! さっき、自転車に轢かれそうになって、その時バランスを崩して尻もちをついちゃって、それで……」
「……あっそ」
「……」
だからなんだとでも言わんばかりの口ぶりに、思わず黙る。
どうせどんくさいやつだと呆れ、声をかけたことを後悔でもしているのだろう。
ゲームやお話の世界にありがちな、その時の感情に関係なくひとまず助け起こしてくれような展開は、もちろんやってくるはずもなく──
気まずい空気が私たちの間に漂っていた。
(……現実は、冷たい……。やっぱり二次元の恋愛のほうがずっといい……)
「……とりあえず、大丈夫ですから。心配して声をかけてくださったのなら、ありがとうございます」
「いや、心配はしてないよ。災難だなとは思うけど、現状オレのほうが災難被っちゃった感じだし」
「……はあ」
そこまで声をかけたことに後悔しているだなんて、なんて度量の狭い男だろうとムッとしていると、男の人はすうっと目を細めて私を値踏みするように見つめた。
「……っていうか君、なかなかすごいハートの持ち主だよね。ここまで派手にやっといて平然としていられるんだから」
(……ナンノコトデショウ?)
言っている意味がわからず、パチパチと瞬きしながら男の人を見つめる。
「……あー……もしかして現状把握できてない感じ?」
「……できているつもりですけど」
「後ろ見てもそう思う?」
「後ろ? ……って、確かにコンテナか何かにぶつかりましたけど……」
そう言いながら肩越しに後ろを見る。
すると、私の腕が載っていたのはコンテナと呼ぶにはあまりに美しい、ダイヤモンドのようにピカピカに磨かれ、わずかにカーブした白い鉄板のようなものが目に入った。
(これ、コンテナなんかじゃない、よね……? もしかして……)
「……車のボンネット……?」
「うん、大正解。ちなみにそれ、オレの車ね」
「……………………え?」
さあっと一瞬で顔が青ざめる。
その美しい輝きを放ったボンネットの上に、手にしていたエコバッグから投げ出された唐揚げやハッシュドポテトが散乱し、その周りにしっかりフタが閉まっていたはずのサラダがまるで彩りのようにぶちまけられていたからだ。
「すっ……す、すみません!!」
あわあわしながら慌てて立ち上がろうとした時、何かを押さえつけぐにゃりと曲げた感覚が腕に走った。
(え……?)
また何かやらかしたのだろうかと確認しようとした瞬間、足首に痛みが走りカクンと膝が折れる。
するとその振動がボンネットに伝わったのか、ゴトンと鈍い音がしたと同時に、これまでどうにか運よく立っていたらしい缶チューハイがゴロゴロと私に向かって転がってきて──
私の足もとにボテンと落ちた。