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ホテルで暮らすようになって意図的に人のいない通りを夜に歩くようになった。
いつものように私が夜道を歩いていると、ある香りが鼻腔をくすぐった。
ついに来たなと思うと心が躍った。
歩みを止めると、前方の物陰に向かって話しかけた。
「ルイ君。いるんでしょう?わかっているよ」
言っていて笑みが漏れた。
必然、声も笑いを含んだものになった。
「出てこないなら人を呼ぼうかな。有名な芸術家の小川一華と同棲している男がストーカーしてるって。一華に迷惑がかかっていいのかな~」
物陰からゆっくりと黒いフードコートを着たルイが出てきた。
私が知っている人懐っこい笑顔をたたえたものとは全く違う、無表情で機械的な印象の顔。
「こんばんは。それが君の本当の顔なのかな?」
「どうして俺が隠れているのがわかった?」
笑みを浮かべて話す私とは対照的に、ルイはどこまでも無表情だ。
「知りたい?」
ルイは答えない。
「では教えてあげる。臭いよ。臭い」
「臭いだと?」
「あなたは随分特殊な香水をつけている。崇拝する一華が調合してくれた香水。私ね、一度嗅いだ臭いは忘れないの。それにその香水はホテルでも嗅いだ。一華と話しているときに似てるけど微妙に違う香りを嗅いだの。そして一華の家に行ったときにあなたの臭いを嗅いだ。最初は一華の体にあなたの香りがついたものと思ったの。でも臭い方が違ったのよね」
「臭い方?どういうことだ?」
「一華の体についているなら、一緒にいるときは常に香りが漂うはず。でも臭ったのは私と一華が例のスープの側にいたとき、そのときにほんのわずかな間に臭ったの。それはつまり、あなたがあの場所にいたということ」
私はルイから目をそらさずに続ける。
「あれ?そうなるとおかしなことになるの。だって一華は親友の私にパートナーのあなたが側にいたら紹介するはずでしょう?現に家に行ったときはそうだった。それなのに、それなのにホテルで紹介しなかったのは何故か?あなたがあの場にいることを誰にも知られたくなかったから。そう考えると納得がいくの。あなたはホテルのスタッフかなにかになっていてあの場にいた。目的はスープに薬物を混入するためと、智花のバッグに薬物を入れておくため」
「臭いだけでそこまでわかるとはね。あんたを誤解していたようだ」
「ハハハ。あたりまえよ。あなた程度の人間に私の本性なんてわかるわけがないもの」
私は嗤った。
「もういい。今度はこっちの質問に答えろ?」
「なにかなあ?」
「由利を……津島由利を殺したのはおまえか?」
「さあ?」
私は首をかしげてお手上げのポーズをとった。
「ふざけるな!」
「アッハハハハ。ムキにならないで。仮にやってたとしても『はいそうです』なんて言うわけないでしょう?あなただって茉梨や紅音を拉致殺害したか聞かれて『はい』と言う?言わないよね」
ルイは黙ったままなので、私は構わず続けた。
「あなたは何をしに私の前に現れたの?痛めつけにきた?そんなことをしたら一華まで影響が及ぶとか考えない?この場合、あなたにとって唯一の解決策は私を殺すこと。一華の意に反してね。でも一華を崇拝しているあなたには絶対にできない」
「本当にそう思っているのか?」
「ええ。あなたにとって一華は絶対的な存在だから。今回、ここにこうしていることすら本来のあなたからすれば逸脱した行為。でしょう?それよりもルイ君。私はあなたに会いたかったの。一華を守るためにね」
「どういうことだ?」
「取り引きしない?私と」
唇の両端が吊り上がった。ヒュウッと冷たい風が吹いたが、興奮と喜びから体の芯から熱くなるのを感じた。