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「……ねえ、もっと。
もっと白くして。世界が、
うるさくて耐えられないんだ」
元貴の声は、熱に浮かされたように掠れていた。
すでに床には、過剰に摂取された市販薬の空シートが、魚の鱗のように散らばっている。
元貴の視界は細かく震え、若井と涼ちゃんの顔が、溶けた絵画のように歪んで見えていた。
「元貴、もうやめとけ。
これ以上は、本当におかしくなる……」
若井が元貴の腕を掴むが、その手には力が入っていない。
元貴を止めたい自分と、壊れて動かなくなった元貴を独占したい自分が、頭の中で激しく殴り合っているからだ。
そこへ、涼ちゃんが冷やした水を持って、静かに歩み寄る。
「……若井、中途半端な優しさは一番残酷だよ。
元貴がこんなに苦しがっているのに、途中で止めるなんて。……ねえ、元貴。
あと少しだけ飲めば、君の嫌いな『自分』なんて、全部消えてなくなるよ?」
涼ちゃんの手のひらには、若井が隠していたはずの、より強い成分の錠剤が乗っていた。
「涼ちゃ……! お前、それをどこで……っ!」
「君が寝ている間に、引き出しの奥から借りたんだ。元貴を救うため、だろう?」
涼ちゃんは、まるで聖母のような微笑みを浮かべ、元貴の唇に薬を押し当てる。
元貴は、それが猛毒だと理解していながら、救いを求める子供のようにそれを飲み込んだ。
数分後。
元貴の呼吸が急激に浅くなり、瞳孔が大きく開く。
「あ、……ぁ……あ……っ」
元貴の体が大きく痙攣し、ベッドからずり落ちそうになった。
白目を剥き、口端から泡が漏れる。
「元貴!! おい、元貴!!」
若井がパニックになり、元貴の体を抱き起こす。
しかし、元貴の体は驚くほど重く、
焦点の合わない琥珀色の瞳は、もう若井のことを見ていなかった。
「……あは、はは……。見てよ若井。元貴、すごく綺麗な顔してる。まるで、死ぬ間際の蝶みたいだ」
涼ちゃんがその様子を、スマートフォンで淡々と撮影し始める。
「救急車、……救急車を呼ばなきゃ……!!」
震える手でスマホを取り出す若井。
しかし、涼ちゃんがその手首を強く掴んだ。
「呼んでどうするの?
……元貴が助かったら、彼はきっと施設か病院に入れられる。
そうなったら、もう君の『おもちゃ』には戻ってこないよ? ……それとも、このままここで、僕たち三人だけで『最後』を見届ける?」
若井の動きが止まる。
窓の外では、絶え間なく雨が降り続いている。
助ければ、元貴は自分から離れていく。
助けなければ、元貴は死ぬ。あるいは、永遠に自分の腕の中で「モノ」になる。
「……元貴、……ごめんな、……ごめんな……」
若井はスマホを床に投げ捨て、泡を吹く元貴の顔を、愛おしそうに胸へ抱き寄せた。
狂っているのは自分か、涼ちゃんか、それともこの世界か。
若井にはもう、何も分からなかった。
床に落ちた薬のシートを、雨音が嘲笑うように叩き続けていた。