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第57話:免税事業者の死〜AIの無慈悲な宣告と、白目を剥く四十歳〜
「おい……嘘だろ。嘘だと言ってくれよ、ジェミニィィィ!!!」
五月下旬の深夜。
歓喜の3D化費用達成配信から一転、絶望のどん底に叩き落とされた俺は、すがるような思いで別タブを開き、最強の相棒であるAIに文字を打ち込んでいた。
有識者ニキ(おそらく市役所の鈴木さん)から突きつけられた『売上一千万超え=消費税の課税事業者』という死刑宣告。
俺のポンコツな頭では、それがどれほどヤバいことなのか、まだ現実として受け止めきれていなかったのだ。
『頼むジェミニ! あの有識者ニキが言ってる「一千万の壁」ってのは何かの間違いだろ!? 俺は個人VTuberだぞ! お店を開いてるわけでもねえのに、なんで消費税なんて払わなきゃなんねえんだよ!!』
キーボードを叩き割る勢いでエンターキーをターンッ! と押し込む。
数秒の沈黙の後、俺の希望を木っ端微塵に粉砕する、ジェミニ先生の冷徹なテキストが画面に出力された。
『結論から申し上げます。有識者ニキの指摘は【完全に事実】です。ルシフェルさん、あなたは今年、ついに「免税事業者」の資格を失いました』
「め、めんぜい……?」
『はい。日本の税制では、年間の課税売上高が一千万円以下の個人事業主は、受け取った消費税の納税を免除される「免税事業者」として扱われます。これまでは、スパチャや案件報酬、ボイスの売上に含まれていた消費税分も、すべてあなたの利益としてポケットに入れることが許されていました』
「……えっ。スパチャに、消費税なんて含まれてたのか?」
俺の素朴すぎる疑問に、チャット欄のリスナーたちが一斉にツッコミを入れる。
『当たり前だろww』
『おっさん、自分が税金受け取ってる自覚なかったのかよww』
『今まで合法的にネコババしてただけだぞ』
『それが免税特権(チート)だったんだよ』
俺の混乱をよそに、ジェミニ先生の無慈悲な講義は続く。
『しかし、一千万円の壁を1円でも超えた瞬間、その特権は失われます。今年の売上が一千万を超えた場合、二年後(再来年)からあなたは【課税事業者】となり、国に対して「預かった消費税」を計算して納付する義務が発生するのです』
「さ、再来年から……」
『ええ。ちなみに、ルシフェルさんの業種(VTuber)は、仕入れなどの経費が極端に少ないため、受け取った消費税から差し引ける額がほとんどありません。仮に売上が一千万円だった場合、簡易課税制度を利用したとしても、数十万円の消費税を【所得税や住民税とは完全に別枠で】現金で納める必要があります』
「…………」
俺の呼吸が、ヒューッ、と不自然な音を立てて止まった。
所得税。
住民税。
国民健康保険(上限MAX)。
そして、予定納税。
これだけでも俺の全財産を消し飛ばすほどの破壊力があったのに。
ここにさらに、『消費税(数十万円)』という第五の魔王が、再来年のスケジュール帳に確定でポップしたというのか。
「お、おい……ふざけんなよ。じゃあ何かい? 俺がリスナーから投げてもらったスパチャやボイスの売上は……三十%のプラットフォーム手数料を引かれ、さらに所得税でガッツリ引かれ、住民税で引かれ、挙句の果てに消費税まで持っていかれるってことか!?」
俺は震える手で、マイ電卓を引き寄せた。
稼いだ金額に対して、最終的に手元に残る『本当の利益』はいくらになるのか。
「……半分。いや、下手すりゃ半分以下じゃねえか……っ」
俺は、電卓の液晶画面に表示された悲惨な数字を見て、ギリリッと奥歯を噛み締めた。
稼いでも稼いでも、右から左へと国に吸い上げられていく。
3D化という夢のために、俺は身を粉にして働いた。リスナーも、必死になって金を投げてくれた。
だが、俺たちが協力して積み上げたその『数字』そのものが、税金という名の巨大なギロチンの刃を、自らの首へと引き下ろすトリガーになっていたのだ。
『ルシフェルさん、さらに重大な事実をお伝えします』
「ま、まだあるのかよ……っ!」
俺が悲鳴を上げると、ジェミニは文字通り『トドメの一撃』を放った。
『消費税の課税事業者になるということは、取引先(スタプロ等の企業)から【インボイス制度(適格請求書発行事業者)】への登録を強く求められる可能性が高いということです。登録すれば、請求書の書式が複雑化し、経理の事務作業の手間は今の「地獄の領収書パズル」の比ではありません』
「…………」
インボイス。
免税事業者の死。
地獄の事務作業の倍増。
ジェミニ先生が突きつけてきた、あまりにも冷酷な資本主義の真実。
俺の脳内のCPUは、この膨大かつ絶望的な情報を処理しきれず、ついに完全なオーバーヒートを起こした。
「あ……ぁ……」
『おっさん?』
『ルシフェル、息してるか?』
『画面の2Dアバター(ガワ)は笑ってるけど、中の人が静かになったぞ』
『おーい、税務署がアップを始めましたよー』
リスナーたちのコメントが滝のように流れる中。
俺の視界は、急激に狭く、暗くなっていった。
(……なんだよ、これ。俺、ただのコールセンターの派遣社員だった頃の方が、手取り多かったんじゃねえか……?)
走馬灯のように、かつての底辺時代の日々が脳裏をよぎる。
スーパーの半額弁当を奪い合い、ケースワーカーに怯えていたあの頃。
金はなかった。夢もなかった。
だが、少なくとも『一千万の消費税』なんていう、国家規模の借金(錯覚)に怯える必要はなかったのだ。
「……もう、無理。事務作業、増えるの、無理……。税金、払えない……。アリスちゃん、ごめん……俺、3D……諦め、る……」
『おい! おっさんが遺言残し始めたぞ!!』
『諦めるなwww まだインボイスに登録してないだろww』
『誰か救急車! いや、税理士を呼べ!!』
『スパチャ:10,000円(香典の先払いです!)』
薄れゆく意識の中で、ピコーン、ピコーンと鳴り響くスパチャの通知音。
その音すらも、「今年の売上をさらに増やし、消費税を重くする呪いの鐘」にしか聞こえなかった。
「……あ、あはは。国税庁……バンザイ……」
ドサッ。
帯広の四畳半に、鈍い音が響いた。
三万円のゲーミングチェアから崩れ落ちた俺は、天井のシミを見つめたまま、完全に白目を剥いていた。
口の端からは一筋の泡が吹き出し、手足はピクピクと痙攣している。
画面の中の美しい金髪イケメンアバターは、モーションキャプチャーの連動を失い、デフォルトの「爽やかな笑顔」で固定されたまま、リスナーに向かって優しく微笑みかけている。
そのシュールすぎるギャップに、二万人の同接リスナーたちは大パニックと大爆笑の渦に叩き込まれた。
『完全に死んだwwww』
『税金ショックで気絶するVTuberwww』
『前代未聞の放送事故ww』
『アバターは笑ってるのに中の人が白目剥いてるの草すぎる』
『誰か! 誰か鈴木さんを呼んできて!!』
四十歳の新米個人事業主は、一千万円の壁という資本主義の圧倒的な暴力の前に、文字通り『憤死(気絶)』した。
だが、どんなに白目を剥いて気絶しようとも。
一度一千万円の壁を越えてしまった以上、時計の針は戻らない。俺はもう、あの安全で平穏な「免税事業者」のゆりかごには、二度と帰れないのだ。
ピーーーー……という耳鳴りの中、俺の意識は、深い深い闇(未納の海)へと沈んでいったのだった。
コメント
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おお……第57話、読み終えました。もう、胸がギュッと締め付けられるような気持ちです……。 「ジェミニ先生」の淡々とした宣告が、あまりにも無慈悲で、現実の重みをひしひしと感じました。特に「スパチャの音すら、消費税を重くする呪いの鐘にしか聞こえない」というルシフェルさんの絶望感、本当に切なかったです。 でも、白目を剥いて気絶する描写と、リスナーさんの「香典の先払い」スパチャのギャップに、思わず笑ってしまいました。苦しいけど、笑える。ゆうきさんのこのバランス感覚、本当に素敵です。次の展開が気になります……!
ゆうき あきや
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厚揚げ衣
20
なんたろ
1
いちご@ホロオタ×ぴちりす
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