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ぅうん。

腕の痛みで萌夏は目覚めた。


目を開けようとして、降り注ぐ光の眩しさに再び瞳を閉じた。

そういえば、もうすぐ夏なんだ。

去年までの夏休みはバイトに明け暮れて、日の光を浴びることもなかった。

今年はどんな夏になるんだろう。


「萌夏」


耳元で晶の声がした。


「萌夏ちゃん」


これは・・・礼さん。


何度も呼び続けられる声に、萌夏はゆっくりと目を開けた。


まず見えたのは大きな窓。

そこからおひさまの日差しが差し込んで、その先には青い空と白い雲が見える。


「心配したのよ」

晶は少し恨めしそうに、じっと睨む。


「無事でよかったわ」

礼さんは嬉しそうに笑っている。


どうやらみんな心配してくれたんだと気づいて、

「ごめんなさい」

萌夏は素直に謝った。


***


その後、晶は電話をしてくるからと席を外した。



「萌夏ちゃん、体は大丈夫?」

心配そうな顔をする礼さん。


「ええ、平気です」


腕の痛みはあるけれど、それ以外に異常はない。

それより、


「あの後、どうなったんですか?」


警官の突入により南は捕まったんだろうと思う。

萌夏を傷つけた現場を見られた以上言い訳はできないだろうから、すべて丸く収まったはず。

それでも、


「遥は、大丈夫ですか?」

何よりもそれが聞きたかった。


「あんまり、大丈夫ではないかな」

「え?」

大丈夫じゃないって・・・


とっさに起き上ろうとして、軽いめまいに襲われ

「ああ、危ない」

礼さんに支えられた。


おかしいな、力が入らない。

何でだろう、体がとってもだるい。


「急に動いちゃだめよ。少しづつ慣らさないと」


少しづつ慣らすって、

「私は一体どのくらい眠っていたんですか?」


「1週間」

「ええー」


そんなに長い間眠っていたなんて、


「みんな心配したのよ」

「そう、ですよね」


「お医者様の診断ではどこにも異常はないらしくて、心も体も疲れているんだろうとのことだったわ。だからみんな萌夏ちゃんが目覚めるのを待っていたの」

「・・・すみません」


随分心配をかけたんだ。


***


「それにしても1人で犯人のもとに乗り込むなんて、無茶をするわね」

「・・・」


冷静になって考えれば、バカな行動だったと思う。

でも、あの時は遥を助けることしか頭になかった。


「あの後、本当に大変だったのよ」

フフフと楽しそうに、礼さんは事件の日のことを話し始めた。




萌夏の電話が切れた後、高野さんはすぐに遥に連絡をとったらしい。

電話をもらった遥は萌夏に連絡するもつながらず、晶に電話をした。

直前に萌夏からの連絡をもらって非常事態なのを感じ取っていた晶は、遥にすべてを話した。

事情を知った遥はすぐに警察に通報。警察の突入がやたら早かったのはそのせいだった。


「あんなに余裕のない遥を初めて見たわ」

「え?」


「ただでさえ遥は報道陣に追いかけられていたから雪丸も高野君も『今は警察に任せよう』ってずいぶん止めたのに、遥は『自分が行く』って聞かなくて」


へえー、駆け付けてくれたんだ。

状況も考えずうれしくなって、ついにやけてしまった。


「こら、笑ってる場合じゃないのよ」

「すみません」


今こうしているから笑えるけれど、その場にいた人たちからすれば笑い話ではなかったことだろう。

きっと、多くの人に心配をかけたんだ。


***


「ねえ萌夏ちゃん」


少しまじめな声で礼さんに呼ばれた。

萌夏は返事をする代わりに礼さんを見た。


「あの日向けられるカメラを気にすることもなく堂々と現場に駆け付けた遥は、止血処置を終えて運び出される萌夏ちゃんを見て絶叫したの」

「絶叫?」

「そう。確かに、現場は酷い状況だったわ。催涙ガスの臭いも残っていたらしいし、萌夏ちゃんも血だらけで、意識を失っていた」


うわ、壮絶。


「そこで運び出される萌夏ちゃんを見た遥は『やめろ、誰も萌夏に触るんじゃない』って叫んだのよ」


遥が、そんなことを・・・


「もちろんみんなで止めたんだけれど遥は『自分が運ぶ』って聞かなくて、萌夏ちゃんを抱えたままホテルを出たの」

「え、そんな事すれば」

どんどん騒ぎが大きくなるに決まっている。

今度は別の意味で追いかけられることになるのに。


「誰にも萌ちゃんを触らせない、こそこそ隠れることはしないって、ホテルの正面玄関から出て行ったんだから、そりゃあもう大騒ぎよ」

「でしょうね」


原因は自分にあるものの、遥の性格を考えれば予想できない行動ではない。

それでも、雪丸さんか高野さんか礼さんに止めてほしかった。


***


「今回の件、遥も萌夏ちゃんも何も悪くないと思うのよ。悪いのはすべて南って男だし。でもね、世間は遥や平石家のゴシップが大好きだから、噂が噂を呼んですぐに大きな記事になってしまうの。わかる?」

「はい」


きっと、今回の行動は軽率だったって言われているんだろうな。

もう少し冷静でうまい解決方法があったんじゃないかと。


「本当の事情を知らない世間の人は、南が遥に解雇されそれを逆恨みして事件を起こしたと思っているし、そこには萌夏ちゃんの存在があったからだって根も葉もないうわさが流れているわ」

「そんな・・・嘘です」

「知ってる。でも、世間はそう思っているの。それに、」

そこまで言って、礼さんは悲しそうに視線をそらした。


「何か、あるんですか?」

これ以上何があるって言うんだろう。


「遥が平石の養子だってことが拡散してしまってね」

「え?」

「そういうことを面白おかしく言う人はいるのよ。もちろんおじさまも記事を止めようとしたらしいけれど、どうにもならなかったみたい。何しろ本人が堂々と顔を出したんじゃね」

「遥が?」

「ええ。これまではめったに表に出なかったし、あえて顔をさらすようなこともしなかった。寡黙でミステリアスな王子様だったのに、今じゃすっかり剛腕で強引な、ものを言う御曹司になっているわ」


礼さんは遥が変わってしまったって言うけれど、実際はそうじゃない。

遥は自分が矢面に立つことで、萌夏のことを守ろうとしてくれているだけ。


「ほら、来たわよ」

礼さんの立ち上がるのと同時に、病室のドアが開いた。


***


「萌夏」


病室の入り口で足を止めた遥が絞り出すような声で名前を呼んだ。


「遥」


誰よりも会いたかった人の名前を、萌夏も呼ぶ。


礼さんはポンと遥の肩を叩いて病室を出て行った。




ダンッ。

それは体と体がぶつかる鈍い音。

勢いよく駆け寄った遥は、力任せに萌夏を抱きしめた。


「バカ野郎」

怒りと言うより苦しそうな遥の声。


「会いたかったよ」

もしかしてこのまま命がなくなるのかもと思ったとき、思い出したのは遥だった。


「どれだけ心配したと思うんだ」

「ごめん」


「遅くなっても帰ってくるって言ったくせに」

「だから、ごめん」


萌夏の想定が甘かったと言われればそれまで。

それでも、まさかこんなことになるとは思っていなかった。


「もう二度と一人にはしない、ずっと一緒にいるからな」

「遥、それは」

いくら何でも無茶でしょうと笑いそうになった時、


ムギュッ。


「痛ぁいっ」

いきなり頬をつままれ声を上げた。


「反省が足りない」

力を弱める様子もなく、頬をつまみ上げる遥。


痛くて、痛くて、涙が流れそうになった。

泣きたくないと思っているのに、目の前に透明のカーテンがかかったように景色が揺れていく。

スーッと一筋涙が頬を伝うと、堰を切ったように我慢していた感情があふれだした。


ゥッ、ウゥッ、ウゥウゥー。

声にならない嗚咽が込み上げる。



気が付けば遥は萌夏を抱きしめていて、萌夏は長い時間泣き続けていた。


***


その後、診察を受けた萌夏は異常なしの診断で数日後には退院も決まった。

加熱する報道の中でも遥は毎日病院へやってきて、一緒に食事をし萌夏が眠るまで付き添った。



「平石の影響力って、改めてすごいわね」

週末を利用して見舞いに来た晶がぽつりとつぶやく。


「そうだね」

テレビもパソコンもない病室にいても、今は携帯からどんな情報でも入ってくる。


出生の秘密を抱えた財閥の御曹司が、逆恨みした男の陰謀に巻き込まれてしまった。

原因はたまたま出会った若い女。

その女は犯人に襲われ、怪我をして意識を失った。

やはり犯人と女には因縁があり、痴情のもつれによる犯行か?

それが世間の見方。

今は遥の行動と、発言と、萌夏の素性が国民の関心事項になっている。


「これからどうするの?」

ためらいなく聞いてくる晶。


うっ。

萌夏は息をのんだ。


きっと、みんなそれを聞きたくて聞けないでいる。

その思いは萌夏自身も同じ。


「ただの同居人ですなんて言い訳は、通用しないのよ」

「うん」

わかっている。


さすがに遥のマンションに戻るって選択肢はない。

同居を続ければさらに大きく騒がれることになるだろうし、とてもじゃないけれど今まで通りの生活は望めないだろう。

じゃあアパートを借りて一人暮らしをするのかって言うと、遥が認めるとは思えない。

かといって実家には帰りたくないし、同棲や結婚はもっと論外。

そもそも遥の結婚相手は平石財閥の奥様になるわけで、好きとか嫌いだけで決められることではないと萌夏だって理解している。


「困ったわね」

「そうね」


あえて遥には言わないけれど、とりあえずどこかのホテルに行くしかないだろうと萌夏は思っていた。

しばらくはどこかに身を隠し、いつになるかはわからないけれど報道が落ち着くのを待ってアパートを借りるしかない。


***


「よかったら、家に来る?」

「え?」


「帰るところがないでしょ?」

「うん、まあ」


晶の気遣いはうれしい。でも、今は無理かな。

きっと、遥が認めないだろうから。


「どうするつもりなの?」


「どうしようかしらね」

と言ったものの、実は少しずつ準備をしている。


このまま萌夏が遥の側にいれば、お互いに平穏な日はやってこない。

少しの間でも距離を置いて離れている方がいい。

遥は承知しないだろうけれど、そうするしかないと萌夏は思っていた。


病院の退院は2日後。

明後日の朝には遥が迎えに来てくれることになっている。

そのままマンションに戻るつもりなのか、ホテルをとるのか、どちらにしても遥は側にいるつもりだと思う。

だから、


「あの強気な王子様から逃げれると思うの?」


え?

強気な王子様って、遥のことだよね。


「彼、本気よ」

「うん、知ってる」


だからこそ、逃げるしかない。


***


2日後。

朝早くに起き出した萌夏はこっそりと荷物をまとめ、着替えを済ませると病院を抜け出した。


病院の治療費を踏み倒すように逃げ出すやり方に、心が痛まないと言えば嘘になる。

出来ればちゃんとお礼を言って挨拶をして退院したかった。

でも、それはできない。


病院の裏口を出てタクシーに乗り少し離れた町のホテルへチェックイン。

当然偽名でとりあえず1週間の申し込みをしシングルベットがあるだけの小さな部屋に入ると、携帯の電源を落としてベットに倒れこんだ。


きっと今頃、遥は怒っているだろう。

必死になって行方を探しているのかもしれない。

逃げ出したことに申し訳ない気持ちはあるけれど、今はこれが最善策。そう信じるしかない。




病院のベットより少しだけ柔らかなスプリングに何度か寝返りを打ちながら、萌夏はウトウトを繰り返した。


眠っているのか、起きているのか、夢なのか、現実なのか、わからなくなる中で窓の外が夕暮れになるのを感じていた。


やっと長い1日が終わる。

こうして一日一日を繰り返しながら、少しずつ気持ちの整理をつけるしかない。

わかっているのに、思い浮かぶのは遥のことばかりで、


「萌夏、萌夏」


ほら、また遥の夢を見ている。


***


「夏・・・萌夏」


耳元から聞こえる大声で、萌夏はゆっくり目を開けた。


「う・・・そ」


目の前にいたのは、誰よりも会いたかった人。

でも、会ってはいけない人。


「何で、遥が?」


窓の外は暗闇で、室内の明かりがつけられていることから今が夜なのはわかる。

確か朝早い時間にチェックインしてそのまま眠り込んでしまったから、半日はたったんだろうと思う。

でも、


「どうしてここが分かったの?」


携帯の電源は落としたはずだし、ここにいることは誰にも話していない。


「バカにするんじゃない。その気になれば萌夏の居場所なんてすぐに見つけられる」

「遥・・・」


偉そうな口調で言っているけれど、顔はいつもより高揚し髪も乱れ気味。

すごく焦って、必死に走り回ってくれたのは一目瞭然だ。


「ごめんね」

覚悟の上とはいえ、心配をかけてしまったことを謝った。


「嫌だ、絶対に許さない」

苦しそうに絞り出した声と同時に、強く抱き寄せられた。


***


「とにかく出るぞ」

「え、どこへ」

行くのと聞きかけて、言葉が止まった。


なぜなら、萌夏は遥に抱きかかえられていた。


「ねえ、やめて。降ろしてよ」

「うるさい、黙ってろ」


遥が萌夏を横抱きに抱え客室のドアを出ると、廊下には雪丸さんと高野さんの姿があった。


え、やだ、

「ねえ、遥。お願い降ろして」


さすがにこのままでは恥ずかしすぎる。

それに、今の萌夏は病人ではない。


「どこにも逃げないから。自分で歩けるから。お願い」

「駄目だ、これ以上言うなら肩に担いでもいいんだぞ」


肩に担ぐって、きっと米俵みたいにって意味よね。

無理無理、そんな事されたら恥ずかしくて死ぬ。


「萌夏ちゃん諦めな、遥の独占欲に火をつけた君が悪いんだ、諦めて運ばれなさい」

高野さんも笑って見ていて、助けてはくれないみたい。



ロビーへ降りるとその場にいた人の視線を浴びた。

幸いなことに、雪丸さんたちが規制してくれたらしくてカメラを持った人の姿はなく、一般客のみだったけれど恥ずかしいことに変わりはない。


「お願い早く行って」

チェックアウトのためかフロントに向かおうとする遥に小さな声でお願いした。


「そうだな、早く帰ろう」

クスッと笑った遥は雪丸さんに何か目配せしてホテルを出た。

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