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九時二十五分、シオンたちの監禁部屋にまた天儀と竜胆がやってきた。その理由はアーシャを診るためでもあり、また食事を持ってくるためでもある。
「おはよう。体調はどうかな? 食事を持ってきたよ」
天儀の後ろから箱を持った竜胆が現れ、それを畳の上に置く。そして天儀が話している間、それを並べ始めた。室内にもかかわらず、口布を巻いているのは相変わらずである。
「合成糖質にビタミン剤、それと水だけどね。それでキャトルさんは昨晩が目を覚ましたかな? えーと、シオンさん」
「まだです。寝返りを打つ様子もなくて」
「それなら、彼女の体勢を変えてあげようか。同じ体勢で寝かされ続けるのはよくないからね」
「あ、私がやってあげるよ」
ハルが立候補し、アーシャの身体を支え頭を自分の太ももに乗せる。そして身体を横向きにした。その間に竜胆が箱から食事を取り出していく。
「天儀、これ配って……です」
「ありがとう。どうぞ食べてください」
アルミ皿に乗せられた合成糖質とビタミン剤を配っていき、それぞれが受け取る。また竜胆は鉄コップに水を注いでそれも配った。
合成糖質は真っ白な塊で、餅に近い。
これはキサラギでも一般的に食べられている合成食品なので、誰も躊躇うことなく千切って口に運び始めた。
その間に天儀は軽く頭を下げつつ謝罪する。
「昨晩は食料も渡せずすみません。今の”旭”はこれを一日一食用意するのが限界なんです」
「いえ、謝罪して貰うほどではないですよ」
氷花が代表して答える。
事実、今はどこも貧しい。捕虜の身でこうして食料を用意してもらっただけでも親切なほどだ。
しかし天儀はそれでも頭を下げ続ける。
「それに僕は父を説得することもできませんでした」
「しかし今キサラギから交渉役が向かっていると聞きましたよ。先に獅童さんがいらっしゃいました」
「僕の説得ではありません。キサラギの方が配慮してくださったようです。僕のは何の力にもなれませんでした」
結果としては良い方向に進んでいるが、天儀はそれで納得していないらしい。
だがそんな彼の手を取り、竜胆が告げる。
「天儀は頑張っている……です」
「竜胆」
「天儀はとても優しいから、皆を幸せにしようとしている……です」
彼は理想の高い人物だ。
救える人を救いたいと願うがために、医者にもなった。ドラゴンスレイヤーである父を持ちながら、竜を狩る者ではなく、人を救う者になった。
それは天儀の優しさだ。
自分を守るだけでも難しいこの時代において、天儀のような人物は珍しい。
(殺して救う俺とは真逆、か)
心から優しく、人を救いたいと願うその心はシオンにとって眩しいものだった。
「なんかいい雰囲気……」
「もしかして恋人?」
「おぉ」
そんな天儀と竜胆を茶化す女子三人。氷花とセリカとハルである。
一瞬だけ固まるも、天儀は少し照れながら答えた。
「一応、婚約者になります。幼馴染でして」
「へぇ。何歳から?」
「え……もしかしてそういう流れですか」
「当り前よ。こんな娯楽もない場所で面白い話を聞かされたんだから」
あのセリカもやはり女子というべきか、こういった話には目がないらしい。
ドラゴンスレイヤーという物騒な仕事をしていると、そういった浮ついた話から遠ざかってしまいがちだ。
「色々聞かせてもらうわよ!」
「お、お手柔らかに」
「……です」
彼女の剣幕に天儀も竜胆も少し引いた。
◆◆◆
夏凛を見送った水鈴は、一人で仕事をこなしていた。いつもは補佐をしてくれる夏凛がいないので、普段より時間がかかっている。
何より、友達でもある彼女が心配だった。
(そろそろ横須賀に着く頃かしらね)
時計を見ると九時四十分を指している。
一〇一小隊と夏凛が出発したのは九時なので、到着していてもおかしくない時間だ。そして交渉が上手くいけば、昼には帰ってくるだろう。
(いけないわ。集中しないと。帰ってきたら夏凛に怒られるし)
仕事が進んでいなかったら呆れられることだろう。私がいないとだめですね、などと言われるに違いない。水鈴は自分が当主の仕事を完璧にしていると思っているわけではないが、いつまでも子供と思われるのも困る。やるべきことはしっかりできると示さなければならない。
「よし、集中!」
軽く頬を叩いて気合を入れ、デバイスに送られてくる電子書類を処理し始めた。
だが、そこで緊急の通知が入る。
(何かしら?)
画面を見るとドラゴンスレイヤーの動きを管理するオペレーターからである。大抵の問題はオペレーターたちが解決するので、こうして水鈴のところまで報告されることは滅多にない。
すぐに電話を受けた。
「私よ」
『お忙しいところ申し訳ありません。オペレーター室です。実はキサラギを見回っていた防衛小隊から連絡がありまして、三〇二小隊と三〇三小隊が死体で見つかりました』
「……まずいわね」
思わず水鈴は苦い表情を浮かべた。
(リシャール博士を監視していた部隊が死体で見つかるなんて)
フィールドワークをするというリシャール博士の監視に、二つの調査小隊を送っていた。戦闘になることはないだろうと思っていたが、まさかこんなことになるとは予想もできない。
「死体はどうなっているの?」
『現在回収しています』
「最後の通信は?」
『三十分前の定時報告になります。その時は問題ないと』
「そう」
二つの小隊がなぜ壊滅したのか。
それを示すものがない。
しかし可能性として最も高いのが、イーグル小隊に壊滅させられたことだ。それも有無を言わさず、瞬殺されたということになる。
(ドラゴンに遭遇した? それなら報告もあるわよね。ならやっぱり……)
一番怪しいのはやはりリシャールだ。
そうでなければピンポイントに彼らを監視していた小隊が全滅するとは思えない。
「任務中の全小隊にその事実を伝え、注意するように通達しなさい。部隊の処理は任せるわ。それから川崎で竜を狩る予定の部隊には任務中止を伝えなさい。今日はキサラギで待機よ。原因を究明するまで、狩りを禁止するわ。今日のところは備蓄物資を利用するようにしてちょうだい」
『承知しました!』
電話を切った水鈴は深く椅子に腰かけ、深呼吸する。
厄介なことが起こったのは間違いない。
(犯人は分かるけど、その目的が不明なのよね)
監視のドラゴンスレイヤーを皆殺しにしてまでしようとしていることだ。碌なことではないはず。しかし水鈴には思い当たるものがなかった。
心当たりがあるとすればアーシャの件だが、それは夏凛が交渉に行っている。
強硬手段を取る状況ではないはずだ。
「はぁ、もう最悪。とにかく夏凛に連絡ね」
誰もいない執務室で思わず本音が漏れた。
やはり困った時は秘書頼みだ。
◆◆◆
十時三分。
旭の本拠地である横須賀基地に到着した夏凛たちは、源三の部屋に通されていた。夏凛はいきなり交渉から入るつもりだったのだが、それは源三によって出鼻を挫かれる。
「よく来た。まず交渉といきたいところだが、水鈴殿から緊急の連絡があるらしい。テレビ通話で待機しているから先にそちらを済ませてもらう」
『悪いわね夏凛』
「水鈴様!?」
夏凛は勿論驚いた。
しかし持ち前の冷静さで混乱から復帰し、仕事の顔に戻る。
「どうしましたか?」
『キサラギで問題が起きたわ。一応”旭”にも認識してもらうつもりよ。実は二十分ほど前にキサラギのドラゴンスレイヤーが小隊ごと全滅する事件が起こったの。原因は不明よ……いえ死体の状況から人為的なものということは分かっているわ。全滅したのは三〇二小隊と三〇三小隊ね』
「水鈴様! その小隊は……」
『ええ。RDOの科学者、リシャール博士たちを監視していた小隊ね。それと博士たちの居場所は不明よ。犯人はおそらく』
「彼らが連れてきたRDOのドラゴンスレイヤーですね」
『ええ。イーグル小隊とかいう奴らよ』
この非常事態は源三からすれば意味の分からないものだった。わざわざRDOの者たちがキサラギのドラゴンスレイヤーに危害を加えるということもそうだが、それを自分に伝える意味も分からない。
しかし、その答えは夏凛と共に入ってきた諸刃からもたらされた。
「俺たちの後をつけている者たちがいました。それと俺たちが移動中、電場障害が発生し、電波通信が不可能になる事態も起こっています。おそらくは……」
「私たちですね」
『やっぱりそうだったのね。それなら目的は彼らの実験体かしら?』
「可能性は高いと思います。しかしどうするつもりでしょうか。こんな分かりやすい方法で私たちを襲撃したり、実験体を力づくで取り戻したりすれば困るのは彼らです」
『そうよね』
リシャールたちの取った手段はあまりにも短絡的で頭の悪い方法だ。自分たちが犯人であると声高らかに宣言しているようなものである。
そして仮にアーシャが目的だったとして、攫うために”旭”を襲えば必ず露見する。
”旭”の本拠地は旧軍事基地なのだ。
簡単に潜入できるような場所ではない。
『警戒は怠らないで。それと獅童さん、そちらが戦場になる可能性があると考えて、備えておくことをお勧めするわ』
「忠告に感謝しよう。それと謝罪する。どうやら儂は昨日の水鈴殿の忠告を甘く見すぎていたようだ」
『過ぎたことは仕方ないわ。でもこれは貸しよ。覚えておいて。それよりも被害の増大を食い止めなさい。そして可能ならリシャールたちを捕まえるのよ。これは一〇一小隊に命じるわ。最優先は夏凛の安全、そして次点で奴らの確保よ。いいわね諸刃?』
「承りました」
到着早々のキナ臭さに、荒事の苦手な夏凛は溜息を吐きたくなる。しかし水鈴の代理としてここに来ている以上、そんな姿は見せられない。
(交渉どころじゃなくなりましたね……)
それは源三も同じである。
これから事件が起こりますと言われて机に座っていられるほど大人しい人間ではない。事件は解決よりも起こされないことが大切なのだ。
「交渉は後回しだ。儂らは周囲の警戒を最高レベルに引き上げる。そちらも待機しておけ」
『頼むわね』
水鈴はそう言って通信を切る。
彼女はキサラギでもやるべきことが多くあるのだ。こちらはこちらで片付けなければならない。
旭は慌しく動き始めた。
◆◆◆
リシャールたちの車は横須賀から北にあたる場所で待機していた。車は高架下に隠し、フィールドワーク用の迷彩カバーを張っている。勿論、ドラゴン対策だ。
『イーグル小隊、予定位置に配置しましたぜ』
「よろしい。ではこれよりキャトルの”首輪”を起動させる」
そう言って助手のシモンへと目を向けると、彼はパソコンのキーボードを叩いていた。画面に映っているのは彼らの実験体であるアーシャを制御するためのシステムである。
「主任、起動準備は完了です。昨晩から起動待機状態を維持していますし、安定も確認しています。パスワードをお願いします」
「うむ」
席を開けられ、リシャールがパソコンの前に座る。そして慣れた様子でシステムの起動パスワードを入力し、エンターキーを強く叩いた。
「実験体キャトル強制暴走を実行。デミオン濃度に気を付けつつ任務を遂行してくれたまえ。私の予想が正しければ、ターゲットはキャトルの側で暴走を止めようとするはずだ。首輪の信号を追えば辿り着ける」
『了解! 行くぜ野郎ども!』
アーシャおよびシオンの回収作戦。
彼らの欲が繰り出す秘策が発動する。
「さぁ面白いものが見れるぞ」
狂気的な笑みを浮かべるリシャールは、瞬きもせず観測機へと注視し始めた。