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律に逃避行のことを告げた後、すぐ自宅へ戻った。少しでも眠っておきたくて酒を煽ったが、飲めば飲むほど頭が冴えてしまい結局眠れなかった。気持ちが昂っているのだろう。眠ることは諦めてシャワーを浴び、気が付くと朝になっていた。
旦那に悪いと思いつつも、なにも清算しないままに全部投げ捨てて彼女と添い遂げるなど、極道もいいところだ。正攻法では決着をつけられそうにないから、卑怯な方法を取るしかできない。
それでもいよいよ律と一緒になれるのだと思うだけで、嬉しさで心が満たされる。
彼女が傍にいて俺だけを見つめ、俺だけのために愛を歌うのだ。
律の薬指に残る指輪の跡が消え、いつかこの罪の重さも薄れるように、彼女だけを愛しぬくと誓いたい。
ただ、いくら純愛の言葉を並べても、所詮は他人様からの略奪愛。俺みたいな最低な男、ロクな死に方はしないだろう。今まで息苦しい世の中で不器用に生きてきただけで、人様に迷惑をかけることはしなかったつもりが、いつのまにか剣や祥子に大きな傷を負わせてしまっただけでは飽き足らず、なんの恨みもない律の旦那の人生をめちゃくちゃにしてしまう。
明るくて、陽の当たる場所が似合っていて、俺がこの世で一番愛している女を妻にしていて、ギターが巧くて、今からミュージシャンとしての活躍が約束されていて、誰からも愛されて――
俺が辿ってきた道と、正反対の道をいく男。
彼が羨ましい。なれるなら、彼のような人間になりたい。
無条件に愛され、日のあたる人生を歩んでみたい。
俺も彼のような男になりたかった。今度生まれてくる時は、こんな鬱陶しい根暗な性格の人間ではなく爽やかな笑顔の似合う男になって、生まれ変わった律を堂々と愛したい。
地位も金も名誉も才能も要らない。平凡で、たった一人の大事な女を愛して、幸せな家庭を築けるような男に生まれ変わりたい。いっそ人間ではなく別の生物でも構わない。生きるには辛いかもしれないが、しがらみがない分自由でいい気がする。ないものねだりとはまさにこのことだな。
根暗な考えしかわかないことにため息が漏れた。
今日は大栄の社長に挨拶行き、祥子・剣の見舞いへ行き、大栄の同僚が開催してくれる送別会に出席して荒井家に向かう。
午後十時。今夜、全て決着がつくのだろうか。
たったいちにちを乗り切ることが、こんなにももどかしく恐ろしいと感じるなんて。
予定通り過ごすことができればいいけが、一抹の不安は拭えなかった。
今にも割れてしまいそうな薄膜の氷上を、律を抱えて裸足で歩くようなものだ。成功する確率は僅か。今日はよくても明日は? その先の未来は?
歩いていうちに足が切れ、やがて氷も割れ、ふたりとも暗い水の底へ沈んでしまう未来しか予見できなかった。人生で最大の罪に彼女まで巻き込み苦しめようとしているのに、俺は思い留まることができない。