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80 ◇戻ってきてほしい
哲司に寮まで送ってもらい帰った日から2か月、仕事も勤め始めて3か月を過ぎ
仕事にも慣れてきた頃、雅代は年には勝てず、どんどん疲労がたまっていくのを
痛感するようになる。
若い同期の節子の元気な様子を目にする度、年齢差は如何ともしがたく……
辛く感じるようになっていた。
そんなふうに雅代の工場勤めも3か月が過ぎようとしていた頃、思わぬ人物から
手紙が届いた。
なんと……離縁された元夫の村中秀雄からだった。
手紙には―――
『息子《自分/秀雄》と別れろ』と言ってきかなかった母親が急死した。
もう圧をかける人間はいなくなり自分たちの障壁はなくなった。
だから村中の家へ戻ってくればいい』と書かれてあった。
要は復縁しないか、というようなことである。
お義母さんが亡くなった……あの辛辣で小言が多くて底意地の悪い人間が……。
お義父さんも秀雄さんもお義母さんには頭が上がらなくて、私がどんなに酷い
仕打ちを受けていても……
見ていても……
救いの言葉をかけ、守ってくれることはただの一度もなかった。
見て見ぬ振りだった。
ただ、あの姑がいない家に戻っていくということは、今の雅代に
とって魅力的ではあった。
これが就職してひと月めだったなら、仕事もでき前途洋々で『何言ってるの、今更』
と何も憂うことなく強気に出られたことだろう。
だが、今の雅代にとってその前途洋々ではある仕事が、苦痛で重荷になって
いるのが痛い。
そう、元夫の秀雄からの申し出は甘い蜜に感じてしまうのだ。
さりとて、本当に困っていた時に助けてもくれなかった人たちの元へ戻ると
いうのも癪に障るし不愉快だ。
だが、この先自分の足だけで立ち、過酷な労働を続けていかなければならないことを
思うと、あまりにも耐えがたく、気が遠くなりそうだった。
それを思うと、少し目を瞑りプライドを捨てて、村中の家へ戻れば過酷な重労働から
は免れるのだ。
そして、小うるさい義母もいないのだから、以前とは違い、家事の合間に
自分の時間だって少しは持てるようになるかもしれない。
取らぬ狸の皮算用でもないけれど、自分の都合のいいように解釈したくなる。
手紙を読んだ直後は『何を今更……ふざけんな』ぐらいの気持ちだったのに
時間が経つにつれ、雅代の気持ちは情けない考えに傾いていく。
『工場で働いていることはお義母さんから聞いた。
休みになって会える日が分かったら連絡がほしい。
一度会ってちゃんと話し合おう』
秀雄からの手紙は、そう括られていた。
――――― シナリオ風 ―――――
◇工場生活と疲労
〇製糸工場の作業場/寮
機械の前で働く雅代。額に汗。
隣で元気に働く節子の姿。
(N)
「仕事を始めて三か月。
慣れはしたが、年齢には勝てず、疲労は日に日に積み重なっていき……。
若く元気な節子との年齢差を辛く感じるのだった」
寮に戻り、布団に崩れ落ちる雅代。
ため息をつく。
◇元夫からの手紙
〇製糸工場の寮 ・ 夜
雅代、封書を開ける。
目を走らせた瞬間、表情が強張る。
秀雄(手紙)
『母が急死した。もう障害はない。村中の家へ戻ってきてほしい。
復縁しよう』
雅代、手紙を握りしめる。
しばらく沈黙。
雅代(N)
「……あの姑がいない家。
あの地獄のような小言も、辛辣な言葉も、もうない。
家事をこなしながら、少しは自分の時間を持てるかもしれない……」
机に突っ伏す雅代。
やがて目を閉じ、胸に手を当てる。
雅代(N)
「読んだ直後『今さらふざけるな』と思った。
けれど――疲労に蝕まれる心は、甘い誘いに揺らいでいく。
工場で働き続ける未来と、元夫の家に戻る未来。
そのはざまで、雅代の心は揺れ動いていた」
手紙の最後の文面が浮かび上がる。
秀雄(手紙)
『工場で働いていることはお義母さんから聞いた。
休みになって会える日が分かったら連絡がほしい。
一度会って話し合おう』