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あと10分寝れる。そう思って止めた目覚ましが、タイムリミットを告げるようにもう騒ぎ出した。最小限まで短縮した朝の身支度でも、さすがにもう間に合わない時間になって、体を起こす。なんか怠いな。少し光の差し込んだ若葉色のカーテンを両手で開くと、鉛色の雲が空を厚く覆っていた。
ー気圧のせいか、そういえば生理も遅れてるけどそろそろか。そりゃ起きれないわけだ。
大手食品メーカーの営業の社会人3年目。区切りの年と言われるけれど、区切れるほどの経験を私はできているのだろうか。1年目は、日々の生活に必死だった。ただひたすら、何が分からないかも分からないことを覚えてかけずり回った。金曜日は同期と飲んで、二日酔いで目覚めた土曜日、週末になるに連れてぐちゃぐちゃになる部屋を片付ける休日。2年目になると、ようやく仕事を覚えてくるものの、言われたことをこなしていくだけ。同期にも差ができてきた。やるべきことをそれ以上をこなして、やり続けられる人、まだ基本的なことも辿々しく周りから煙たがれる人。そして今。自分で進めていくためのモチベーションもなくて、やりがいもよく分からない。時間を最小限にするためにBBクリームを塗り、眉毛を描いてブラウンシャドウを薄く塗ってラメを中央に入れればそれでいい。生え際が黒くなり出したアッシュブラウンの肩まである髪を、後ろで括って終わらせる。ここ2年くらいずっと着てるユニクロのトップスとボトムス。洗いやすくてなんだかんだこれに落ち着いた。大学生の頃はもっと時間割いてたっけな。今とは違ってドラッグストアで集めたバズってる化粧品を、服に合わせて変えていた。友達に会ったら服やメイクの話から始まる。
早足で10分ほど歩いたら錦糸町に着いた。満員電車に揺られて、会社の最寄り駅まで行きそこから徒歩五分。『おはようございます。』挨拶しているのが分かればいい声量で挨拶し、メッシュ生地の椅子をひいて座る。「有香、おはよ。今日の飲み会、行く?」座ったら早速隣の純子が聞いてくる。同期入社。3年目にして大きい得意先を任され、周りからも一目置かれている。
「おはよ。行こうと思ってるよ、久しぶりだし。純子は?」
「私も。19時からつぼ七だよね。」
整った顔立ちの純子は、元がいいのにも関わらず毎朝しっかりと時間をかけてヘアメイクしている。そうやって美人は保たれる。
「そうだよ、奈緒も行くのかな。
「行くでしょ、あの子飲み会大好きだし。」
奈緒。同じく同期入社。美人系の純子とは対称で、目がくりくりとした子供顔の可愛い系。背も低くて小動物みたい。
「私商談終わり次第だから少し遅れるかも。言っといて。」
純子はそう言ってカバンを持ち、ヒールカツカツ鳴らし外へ出ていった。私はパソコンに向き直り、日々のメールチェック。溜まったメールを一つずつ見ていき、無意識に溜息が漏れる。
【ご依頼】松下商事様へのお見積り
【通達】商品リニューアルについて
月報:ドライ製品
優先的にやらなければいけないところから見始めて、後は後回しに。結局後回しにしたものはやらずに終わることもあるけど。毎日同じことの繰り返しではない。日々依頼内容が違ったり、起きる出来事が違ったり。飽きているわけでも退屈してるわけでもない。お金をもらう対価は大きい、いや私は今給料同等の働きをできているのだろうか。今は仕事に集中しよう。
日々の業務を終わらせ、後は後日でもいいところまで残して、時間は18時40分。片付けてつぼ七まで徒歩15分。まあいいか。パソコンや書類をバッグに入れて帰ろうとすると後ろから声がした。
「香山ちゃん、今日飲み?いいなあ俺も一緒に行きたかったわ。」
2つ上の稲毛さん。長身で塩顔で、いかにも最近の女子にモテそうな顔。
「私も飲みたかったです、また今度連れてってください。」
こんな誰にでも言ってるんだろうなって言葉に、いちいちドキッてしてしまうのが悔しい。そしてうまいこと返せないのも悔しい。
「有香も今から行く?あ、稲毛さーん、この前言ってたポテトのお店、いつ連れてってくれるんですか???」
奈緒だ。奈緒は人と距離を詰めるのが上手い。ポテトのお店、そんなこと話してたんだ。
「おい香山ちゃんと話してたのに入って来んなよ、あぁまた今度な。」
誰にでも優しい稲毛さんが、奈緒には少し口調がきつくなる。奈緒、3年付き合ってる彼氏いますよ。
「ひど!もういいや!有香いこーーっ」
「ちょ、奈緒。稲毛さんすみません、また今度連れてってください!」
「ああもちろん!楽しんでねー」
私がどんなに誠実に返しても、奈緒のいう言葉には勝てない。誠実さよりも上手く相手と距離を縮める方がよっぽど大事だ。そんなの、今までの授業で習ってこなかった。
「あれ?純子は??」
エレベーターの中で、奈緒が聞く。
「なんか遅れるかもだって。商談あるらしい。」
「そうなんだあ、流石バリキャリだねえ。」
純子と奈緒は仕事のスタイルも対照的だ。やるべき以上のことをやり、休日まで仕事をする純子に対して、奈緒はプライベート優先。入社当時からうまく切り抜けるのが上手だった。一方でそれをよく思わない人もいるのは確か。
「ね。流石だよね。」
こんな対照的な二人に挟まれた私は、本当に中間だ。というか何もない?仕事もプライベートも。大3の時に彼氏と別れてからしばらくいない。別に仕事が忙しくてとかいうわけでもなく、単純に出会いがなかった。といいつつ、同じ環境下でも奈緒はちゃっかり展示会なんかで出会った人を彼氏にしてるから、可愛い子は強い。見た目だけで人を引き寄せられる。
「でも久々にみんなと会えるの、嬉しい!」
そう言って奈緒は私の腕にひっつく。男女構わずボディタッチが多くて、素直に感情を伝えられる奈緒は男子はもちろん、女の私から見てもすごく可愛い。そして奈緒は人のことを悪く言わない。
「ね。室井とか、元気かな。」
室井は今関西で働いている同期だ。今回の飲みは室井主催で、室井が関西から出張で東京に来るから開かれた。私たち同期は6人。1人は飲みにはあまりこない沙耶。あともう1人はー
「おす。」
低くて落ち着いた声。
「あ!ざわ!久しぶり〜」
会うたびドキってする。矢沢だ。