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義勇の暮らしは、姉・蔦子とともに過ごす静かな日々だった。
小さな家の縁側には、いつも優しい日差しが降り注いでいた。
「義勇、もう少し大きくなったら、いろんなところへ遊びに行こうね」
蔦子は穏やかな笑みを浮かべながら、義勇の髪をそっと撫でた。
彼女の言葉には、いつも未来への希望があった。
姉がつくる食事は温かく、家にはささやかな幸福が満ちていた。
しかし、ある夜ー
祝言の準備が進むその日に、すべてが変わった。
月明かりの下、静寂を破る悲鳴が響いた。
鬼が襲い、蔦子は義勇を庇った。
姉の手が震えながらも、彼を抱きしめる。
「義勇…大丈夫。私が守るから」
しかし、その手はやがて動かなくなった。
義勇は震える手を握りしめた。
姉の蔦子が、祝言を控えた幸せそうな顔をしていたのは、ほんの数時間前だった。
それなのにー
血が広がった畳。姉の目が二度と開くことのない現実。
「義勇、大丈夫。私が守るから」
ー嘘だ。姉さんはもういない。
義勇は恐怖の中、ただ叫んだ。
「鬼が出たんだ!姉さんが鬼に殺された!」
しかし、大人の反応は冷たかった。
「お前…何を言っているんだ…?」
「こんなことが起こるわけがない…鬼なんているはずが…」
彼の言葉を信じる者は、誰ひとりいなかった。
村の長老が眉をひそめ、低い声で言う。
「これは病のせいかもしれん。お前も危ない状態かもしれない。すぐに医者を呼ばねば」
医者。病。何を言っているのだろう。
義勇は首を強くふった。
「違う!違うんだ!鬼が…鬼が姉さんを…!」
村人の一人が静かにため息をつき、義勇の肩に手を置く。
「落ち着け。お前は疲れすぎて幻を見たんだよ」
違う。違うんだ。違う。
義勇はその手を勢いよく振り払った。
「違うんだ‼俺は…姉さんが殺されるのを見た…‼」
しかし、その声は宙を舞い、誰にも届かない。
村人たちの手が伸びる。義勇を連れて行こうとしている。
このままでは、姉の死はただの病のせいにされてしまう。
この村の誰も、彼の言葉を信じる気がなかった。
まるで、義勇が恐怖に狂った子供のように扱われている。
その時、胸がぐっと痛んだ。
ーもし本当に狂っていたら、この苦しみも消えるのだろうか?
義勇は自分の頬を爪で掴んだ。
痛い。涙は出ない。心が熱いのに、体は冷えきっていた。
「姉さんは死んだのに、誰も信じてくれない…」
その言葉が、体の芯まで重く沈み込む。
ーだったら、ここにはいられない。
義勇は思い切り地面を蹴った。
走れ。
転んではいけない。止まったら、追い付かれてしまう。
誰かの声が背後で叫んでいた。「おい!待て!」
しかし、義勇は走り続けた。
村の灯りがどんどん遠ざかる。蔦子姉さんの声が耳の奥で響く。
「義勇、大丈夫。私が守るから」
その言葉は、まるで壊れかけた凧のように風の中に消え去る。
ーだけど、姉さんはもういない。
足元の地面が草に変わる。涙をこらえながら義勇は森へと入っていった。
草の葉が頬をかすめ、石につまづく。足が血に染まる。 手が土に沈む。膝が痛い。
でも、そんなことはどうでもよかった。
「姉さん……」
気づけば雪が降っていた。
冷たい。寒い。肌が刺されるような痛みを感じる。
義勇はもう、前が見えなくなっていた。
「姉さん……ごめん…」
義勇は息をきらしながら、力尽きたように雪の上に倒れ込んだ。
肌に雪がじわじわと染みる。
意識が遠くなる。
このまま、姉さんのあとを追うのだろうかー
しかし、その時。
「……こんなところで倒れていたら、命が持たんぞ」
低い声が静かに響いた。
義勇のかすむ視界に、一人の男の姿が見えた。
それは、鱗滝の知り合いだった。
義勇はもう何も考えられなかった。ただ、冷たい空気の中で、静かに目を閉じた。
こうして、彼は鱗滝左近次のもとへ預けられるとこになるー