キスの余韻がまだ唇に残る。初兎はうつむき、いふの胸元にそっと額を押しあてた。
「……もう、だめ。心臓おかしくなる」
「……俺も同じ。けど、まだ離したくない」
いふの手が、優しく背中を撫でる。
指先は焦らすように、でも確かに“触れている”と感じさせる温度。
「……今日、帰らなくていい?」
「……え?」
「このまま、ここで朝を迎えたい。
初兎と一緒に、ちゃんと……ゆっくり、全部確かめたい」
静かな声。
けれど、決して軽くない。
本気の温度が伝わってくる。
初兎はしばらく黙ってから、小さく頷いた。
「……僕も、帰りたくない」
それが、合図だった。
いふはゆっくりと、初兎の手を取って立ち上がる。
手を引かれ、隣の個室へ。
部屋に入ると、ドアが静かに閉まり、
世界にはもう――ふたりだけ。
「……緊張してる?」
「……ちょっとだけ」
「大丈夫。俺、急がないから。
ちゃんと、お前の全部を大切にしたいから」
そう言って、いふはそっと初兎の頬を撫でる。
そして、額に、瞼に、頬に――
何度も、ゆっくりとキスを落とす。
「……お前のこと、誰よりも愛してる。
全部、俺に預けてくれる?」
初兎は小さく息を吸い、いふの胸に手を置いたまま、目を閉じた。
「……うん。まろちゃんだから、全部預けられる」
次のキスは、深くて、長くて、
そしてもう戻らないとわかるくらい、熱かった。
服を脱がせる手つきも、肌をなぞる指も、
全部が丁寧で――優しく、でも確かに欲を含んでいる。
「……好き。初兎の全部が、たまらなく愛しい」
夜はゆっくりと深くなっていく。
触れるたび、重ねるたびに、ふたりは確かにひとつになっていった。
その夜、いふは一度も“愛してる”という言葉を途切れさせなかった。
そして初兎も、一度も拒まず、それを受け止めて――
すべてを、いふに委ねた。