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〈ストーリー〉
薄暗い部屋でドレッサーの電気をつけ、引き出しからマスカラを取り出す。
茶色が私のお気に入り。彼も、前は褒めてくれていた。
しっかりとつけ直し、明かりを消して部屋を出た。
ホテルのエントランスに入ると、そこはまるで別世界。
金色のシャンデリアが頭上で煌めき、豪華で毛の長い絨毯は靴を包み込む。
ロビーではたくさんの人が談笑し、綺麗に制服をまとった従業員たちが忙しなく働いている。
エレベーターに乗り込むと、向かった先は最上階。
廊下を歩いていると、一部屋一部屋の間隔が広いなと思う。それもそのはず、上級の部屋ばかりなのだから。
ある一つのドアを開ける。
ソファーに深く腰を沈めている彼の姿を見つけた。こちらに気づき、片頬を上げて応える。
私は何も言わずに、冷蔵庫からシャンパンのボトルとグラスを出して注ぐ。
「もう飲むの?」
そこでやっと彼の声がした。「もうすぐディナーだよ」
時計を見上げると、すでに6時を過ぎている。
「いいの」
食前酒のつもりだ。半ば投げやりに言い、別の一人掛けソファーに座った。
「……仕事は上手くいってるの?」
私は表情を変えずに訊く。
「…うん。君が心配するほどじゃない」
そう、と短く切り上げる。
美味しいはずの高級シャンパンも、今日はなぜか味が薄い。慣れてしまったからか。
「ねえ、会うのはこれで最後にしよう」
1杯目のドンペリニヨンを飲み干し、小さく声を投げる。
「でも…」
何か言いたげに口を開いた彼を制す。
「もう貴方も飽きたでしょう。もっとほかの魅力的な女を探したほうがいいわ」
何かを振り切るように、彼は勢いよく立ち上がる。
「俺はセンセーショナルな出会いを求めてた。君も言っただろ、刺激的な恋がしたいって。ほら、こんなスイートルームに泊まれるなんてそうそうない」
「…それはそうだけど」
呆れたように息を吐き出す。
「やっぱり私は普通の恋がしたかった」
「何だよ、普通の恋って」
もっと凡庸で、ありきたりな……そんな言葉は、飲み込んで喉の奥に仕舞う。
テレビのリモコンに手を伸ばし、ボタンを押した。ドキュメンタリー番組だ。有名な俳優に密着している。
しかし今はそういう気分ではない、と思ってテレビを消した。
「…貴女は素敵な人だ。こんな俺なんかと出会ってくれて、好きになってくれて嬉しかった」
彼の声が湿っぽく、このいささか広すぎる部屋に響く。
「でも俺は後悔してる。なんか違うんだ。…ストレートに言えば、俺とは合わなかった」
2杯目はあまり進まない。このくらいにしようか、とグラスをことりと置く。
「今晩のディナーだけは楽しんでくれるか」
そうね、と曖昧にうなずいた。
続く