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それから数日。具体的には領邦軍が『暁』との戦いで大敗して十日後、奇跡的に生き延びた数人の将校が鉄道を利用してガズウット男爵領内へと逃げ込んだ。
通信技術が発達していない帝国の常識からすれば記録的な早さであある。彼らは直ぐに自分達のボスである男爵に事の次第を伝えた。
報告を受けたガズウット男爵は衝撃を受けた。そもそも領邦軍相手に武力を行使してくること自体が異例であるのは当然として、返り討ちにした挙げ句壊滅状態に陥るまで追い込むなど前代未聞であるからだ。
最初は何かの間違いであると考えていたが、逃げ延びた将校達の憔悴しているその姿は彼らの言葉が真実であることを雄弁に語っていた。
事の重大さを正しく認識したガズウット男爵は、直ぐに馬車を用意させて領都レーテルへ向けて出発した。
情報が辿り着く前にレンゲン公爵に釈明し、援軍を乞うためである。自分自身の大敗を知られるわけにはいかなかった。
だが、彼はレンゲン女公爵が水晶による魔法通信によってレイミ経由で領邦軍の大敗と『暁』の大勝利を既に把握している事など知る由もなかった。
三日後、花の都レーテルへと辿り着いたガズウット男爵は、直ぐ様レンゲン女公爵に謁見したい旨を伝えた。
既に先触れとして使者を派遣しており、その日の夜に謁見が叶うこととなる。ガズウット男爵は宿で緊張しながらその時を待っていた。
夜、レーテル城公爵家居住区。
公務を済ませたカナリア=レンゲン女公爵はレイミを招いて夕食を共にしていた。
惨劇から九年間にあった出来事をレイミから聞き、簡単な情報交換を行いながらも身内同士の穏やかな会食となった。
そして夕食を済ませて少し休むと、ガズウット男爵を呼び出すように指示を飛ばし、自らは謁見の間へと向かう。その際レイミを密かに連れていく事も忘れなかった。
ガズウット男爵の所業は目に余り、爵位剥奪と門閥から追放した後身柄を『暁』へ受け渡すためである。
しばらくすると、謁見の間にガズウット男爵が通された。謁見の間は様々な装飾品で彩られ、上段には女公爵が愛用の扇を片手に立ったまま男爵を迎えた。
所定の位置まで歩みを進めたガズウット男爵は深々と頭を下げた。
「此度は夜分に関わらずご尊顔を拝する栄誉を頂き感嘆に堪えませぬ」
「久しぶりね、ガズウット男爵。最近会合にも顔を出さないから心配していたのよ?」
「はっ、申し訳ございません。領内で些か問題が発生し、その対処を優先しておりました。平にご容赦を」
「そう。それで、何かあったのかしら?手短にね」
「はっ、では……畏れながら申し上げます。我ら貴族に牙を剥く反逆者の存在を察知致しまして、我が領邦軍を派遣致しました」
「領邦軍を動かした?そんな報告は受けていないわ」
「はっ、女公爵閣下のお手を煩わせることではないと判断し、速やかな討伐のため連絡が遅れましたこと、心からお詫び申し上げます」
「それで?」
「畏れ多くも反逆者は我が軍に歯向かい、些か苦戦を強いられております。我らだけで滅することも出来ますが、長引けば閣下のお庭を騒がせることになってしまわないかと案じております」
「場所は?」
「南部の港町シェルドハーフェン近郊にある黄昏と呼ばれる町です」
「南部閥、それもガウェイン辺境伯の領地よ?」
「承知しております。しかしながら、暫し前に発生したスタンピードで甚大な被害を被りながらも、ガウェイン辺境伯様は救いの手を差し伸べなかったのです。わたしは、それが我慢ならずに……」
「義憤に駆られたと?」
「はっ。もちろん派閥を越えた問題となることは明白、お叱りは如何様にも。ただ民を案じての行動でございます」
ガズウット男爵は領邦軍大敗を隠しつつ、黄昏侵攻も民を救うための義心によるものであると訴えた。
「義心ね」
「反逆者は町を占拠して民を苦しめております!何卒、何卒御加勢を!私への処罰は民を救ってからに!何卒!」
なにも知らずに聞けば心を打たれそうな姿に、控える衛兵の一部は感激していた。だが、カナリアは冷めきった視線を向けるだけであった。
彼女は静かに赤い扇を開いて口許を隠し、目を細めてガズウット男爵を見つめる。
「全ては民の為だと言うのね」
「左様でございます」
「それならどうして貴方の領内は税率が80%を越えているのかしら?」
カナリアの言葉を聞き、ガズウット男爵は動揺を見せた。
「なっ、なにを……」
「まさか隠し通せると思っていたのかしら?どんな領主でも少なからず問題を抱えているものよ。それなのに貴方の領内だけ一切問題が発生していない。完璧すぎるものは疑われるものよ」
「しかし、我が領内は問題がなく……!」
「役人達に賄賂を渡していたみたいね。それに、帝都でコソコソやってることも知ってるわよ」
カナリアの言葉に、周囲の人間達の視線が鋭くなったことを肌で感じた。
「かっ、閣下!」
「不正をするなら、上手くやりなさい。露見した以上、貴方に罰を与えなければ成らなくなるわ。それと、我が門閥は緊急時以外の増税を禁じたはずよ。貴方の領内の民は飢餓に見回れて餓死者も出ているみたいね。そんな貴方が民のために?信じられないわ」
鋭く睨みながら詰めていくカナリア。ガズウット男爵は滝のように冷や汗をかきながら何とか弁明できないか言葉を探していた。
「何より、どんな理由があろうと他の管轄で軍事力を行使するなんて言語道断。ガウェイン辺境伯はもちろん、南部閥のアイワット公爵家からも抗議が届いているわ。つまり、貴方は私の顔に泥を塗ったのよ。許せるはずがない」
「お待ちを!どうか理由をご説明させてください!」
「おだまりっ!」
「ひぃっ!?」
カナリアは扇を勢い良く閉じて怒鳴り付けた。
「聞く耳を持たないわ!私に大恥かかせてくれてっ!厳罰にしないと私が舐められるのよ!」
「閣下っ!」
「ガズウット男爵!公爵家当主として貴方を断罪します!今この瞬間を以て貴方の爵位を剥奪!領地は我が公爵家直轄地として没収します!」
「お待ちください!どうか!どうか!」
「くどいっ!私の前から消えなさい!二度と姿を見せるんじゃないわよ!」
「閣下!お許しを!閣下!閣下ーっ!」
衛兵達に連れ出されていくガズウット男爵を最後まで冷めた目で見送ったカナリアは、側にある赤い幕に身を潜めていたレイミに視線を向ける。
「あとは任せたわ、レイミ。シャーリィにも宜しく伝えなさい。“上手くやりなさい”?」
カナリアの言葉に込められた意味を正しく理解して、レイミは困ったような笑みを浮かべる。
「やはりなにか問題が発生すると考えているのですね?」
「私に不満を持つ人はたくさん居るのよ。何故かレーテルに集まってるみたいだし、ちょうど良いわ。ついでに片付けてくれるでしょう?」
「貴女やお姉さまを敵に回したくはありませんね」
ガズウット男爵を貶めながらも自分達を利用して不穏分子の排除を画策するカナリアを見て、レイミは苦笑いを漏らすのだった。