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ホテルの部屋に戻ると、蓮はメンバー全員が見守る中塩田から貰った名刺に書かれたアドレスへ連絡を入れた。出来るだけ早くに会いたい旨を添えて送信すると光の速さで返信が来て、トントン拍子に翌日の午後に会うことになった。
「つか、コイツ。ただの女タラシじゃん」
「……蓮君の事、女性だと思ってるんだよね? ウキウキしながら来て蓮君待ってた時どんな顔するんだろう」
うわー、ヒクわーとメンバー達からは散々な言われようだ。
まぁ、気持ちはわからないでもないが。
「どうせなら、お兄さんもう一回女装して会ったら?」
「それだけは絶対に嫌だ!」
ナギの提案は即座に却下し、あーでもないこうでもないと、みんなで頭を突き合わせて話し合いをする。
二人部屋に七人もの大人が集まればそれなりに騒々しい。
少し離れた所でソファに座りながら迷惑そうな顔をしている兄には心底申し訳ないと思ったが、何だか学生時代に戻ったような気分になって、それが楽しくもあった。七
もっとも、自分が学生の頃なんて本音と建前の乖離が激しかったために、こんな風に友人と真剣に物事を話し合ったり、ましてや意見をぶつけ合うようなことはしなかったけれど。
きっとそれは、このメンバーがいい奴らばかりだからなんだろうなと蓮は思う。
だからこそ、こうして一緒に居て楽しいし、ついつい甘えたり頼ったりしてしまうのだろう。
それに、蓮自身、今が一番充実しているように感じていて、この雰囲気を壊したくないとも思っている。
それは、今までの蓮の生活から思えば考えられないことだった。
――自分の何が変わったのだろうか? 自問するが、答えは出ない。
だけど、今のこの時間がとても心地よい。
ナギの笑い声や、皆のやり取りを眺めているだけで、不思議と胸の奥が温かくなる。
このまま、ずっとこんな日々が続けば良いのに。そう願わずには居られなかった。
約束の午後になり、蓮達は指定されたファミレスへと向かった。平日の昼間という事もあり、店内にはそこそこの客が入っているものの程よく空席が目立つ。
蓮は窓側の席を選んで、彼を待つことにした。此処なら入り口から入って来る人の顔が見えるので、色々と都合がいいのだ。ナギたち一行はそれぞれ近くの席を陣取り一般客を装いながら聞き耳をたてている。
少し早めに来たものの、既に相手が来ていたらどうしようかと心配していたがどうやらそれは杞憂に終わったようだった。
そう言えば、塩田は大雑把で片付けもいい加減だし、時間にもかなりルーズだと前に凛がぼやいていたような気がする。
そんな男の何処に奈々は惹かれたのだろうか?
女心はよくわからない。――ただ、無邪気に笑うナギの顔を思い出すと、自分だって人のことを言えない気もした。
そんなことを考えつつ、メニューで顔を隠し選ぶ振りをしながら、奴が現れるのを静かに待った。
「あっ、あれじゃない?」
美月の声に反応し一斉に窓の外へ視線を向けると、たいして慌てた様子もなく店に入って来る塩田の姿が見えた。
――来た。
周囲に緊張が走る。
「僕は一旦飲み物を取って来るよ。みんなは塩田の様子を観察していてくれるかい? くれぐれも、相手に悟られないようにね」
蓮はそう告げると、ドリンクバーを取りに行く振りをして立ち上がった。
「任せて! お兄さん」
「お兄さん、じゃなくって名前で呼べって言ってるのに……」
「う……それは……まだ、ちょっと……」
モゴモゴと口籠るナギの頭を苦笑しつつポンポンと撫でると、蓮は一旦その場を離れた。
塩田にはあらかじめ、席の場所は連絡しておいたから問題ないだろう。
蓮はドリンクコーナーでホットコーヒーを2つ準備すると、何食わぬ顔で席に近づいて行く。
「……こんにちは。随分遅かったんですねぇ」
「あー、いやぁすみません。場所がわからなくて……って! お前はっ!?」
明らかに無理して作った蓮の声に反応し、塩田が顔を上げる。だが、蓮の顔を見るなり、面白いくらいに表情を変え固まってしまった。
「はっ!? え? な、なん……?」
「どうもー。今日は来てくれてありがとうございます。蓮でーす」
厭味ったらしく、わざと笑顔を張り付かせたまま余所行きの声で話しかける蓮の登場に、塩田は目を白黒させ、パクパクと口を開け閉めするだけで言葉が出てこない様子だった。
それを近くで聞いていたナギたちの失笑を聞き流し、にこやかな笑顔で塩田の向かい側に座ると持っていたもう一つのコーヒーを差し出してやった。
それを受け取る彼の手は震えており、未だに状況が理解できない様子で、キョロキョロと視線が定まらない。
そんな様子を目の当たりにして、若干コイツはやはりただの阿呆なのだと確信し呆れてしまったが、だからと言って容赦するつもりはない。
「彼女なら来ないよ」
「……なっ!?」
「だって、アレ。僕だから」
そう言うと、彼は信じられないと言った表情のまま、目を見開きこちらを凝視してきた。
「アンタ、じ、女装趣味があったのか……」
ぼそりと呟いた塩田の言葉に、背後で待機していた美月が噴き出すのがわかった。
「そんなわけがあるか! 番組の企画の一環だよ。決して僕の趣味じゃない! と言うか、女装と本物女子の見分けも付かないなんて、キミは相当目が悪いんじゃないか? いっぺん眼科に行ったらどうだ?」
冷ややかな眼差しで睨みつけると彼はウッっと言葉を詰まらせ視線を逸らす。
そして何かを言いたげにもごもごと口を動かしたが結局何も言わず押し黙ってしまい、思わず蓮は苛ついたように舌打ちした。
駄目だ、冷静にならなくては……。そう言い聞かせるように深呼吸し、再び笑顔を貼り付けて塩田の顔を覗き込む。
蓮自身は彼と直接話したことは無い。怪我をして入院していた時にすら謝罪に訪れなかったような非常識な相手だ。
現場で一、二度顔を見た事があるか無いかの関係で正直、何処かで見た事がある顔だなぁという認識しかなかった。
だが、今目の前にいる男を見ているとどうしようもなく、神経がぴりつく。
「……自己紹介なんてしなくてもキミは僕の事知ってるとは思うけど、一応自己紹介をしておくよ。僕は御堂蓮。今は獅子レンジャーのレッド役をやっている」
「……」
「僕たちは今、撮影で此処に来ているんだけど、キミは何故此処に? 元ADの塩田君。これは単なる偶然なのかな?」
だんまりを決め込もうとしている相手の意図を読み取り、すかさず蓮は質問を投げかけた。その一言に、塩田がぎくりと小さく肩を震わせるのを見逃す蓮では無い。
「……な、何の話でしょう? 俺は芸能関係に居た事なんて全然……」
あくまでしらを切るつもりらしい。その往生際の悪さに呆れてしまう。
「キミが高瀬奈々さんを唆して、担当していたCGをやめさせ失踪させた事件に関わってる事はわかってるんだ。全くの無関係だなんて言わせないよ?」
蓮の問いかけに、彼はピクリと反応を見せ眉根を寄せた。もしもこの件と全くの無関係の赤の他人なら突然何を言い出すのかとキョトンとした顔をして戸惑うなり、困った顔をしてみせるだろう。
だが、目の前の男は違う。
眉間に深いシワを寄せ、蓮の存在に明らかな不快感を示してきたのだ。その態度を見て確信する。やはりこいつはこの事件に何らかの形で関わっていると……。
――ビンゴだな……。
「言っている意味がちょっとよくわかりません。どなたかとお間違えじゃないですか?」
どうしても自分を他人だと思わせたいらしい。引きつった顔で何とか笑顔を作ろうとしているが、それが上手く出来ていない。明らかに動揺しているのが見て取れる。
――本当に往生際の悪い男だ。
まぁ、それも想定内だったが……。
「――いや。お前が塩田光彦で間違いない。 俺ははっきりとお前の顔を覚えているからな」
急に背後から声がして、凛が立ち上がり、塩田の方へと近づいて行く。
「会いたかったぞ。塩田」
抑揚のない、だが腹の底から出るような兄の低い声には既に怒気が滲んでいるようで、それだけで蓮は背中がゾクッとするのを感じた。凛はゆっくりと塩田の前に立つと、彼を見下ろすような形で立ち止まる。
普段の凛からは想像もつかないような威圧感が漂っていて、流石の兄の迫力に蓮はごくりと息を飲み込んだ。
「っ、み、御堂さんっ!? どうしてここに!?」
「どうして? 俺達は撮影だと蓮が言わなかったか? 相変わらず人の話を聞かん奴だ」
凛は腕を組み、小馬鹿にするような態度で鼻を鳴らし、不愉快そうな表情を浮かべながら恐怖に怯えた様子の塩田を睨み付ける。
「……僕より兄さんの方がヤバいじゃないか」
人には散々、ほどほどにしておけとか言っておきながら、自分は威圧感だけで相手を委縮させてしまうなんて。まぁ、兄のお陰で自分は妙に冷静になれたのだから感謝すべきところだろう。
それにしても、あの凛がこんなにも感情を露にするなんて珍しい事もあるものだ。
凛は、何があっても常に落ち着いていて、あまり自分の気持ちを口にすることは無い。
「質問に答えろ。お前の目的はなんだ? 何故、このホテルに居る? 高瀬奈々は何処だ」
「っ、し、知らないっ!何の話かさっぱり……うぐっ」
「……答えろと言ってるんだ。聞こえなかったのか?」
凛の大きな手が塩田の胸倉を掴んだ。ドスの利いた声で凄まれて、彼は真っ青になりヒィッと情けない声を上げた。
「ち、ちょっと兄さん! 落ち着いてよ。此処で暴力は流石にまずいって」
慌てて止めに入った蓮の声で我に返ったのか、忌々しげに舌打ちすると、凛は塩田を乱暴にソファへと座らせ自分はその横に陣取って座った。
「さて、じっくりと話を聞かせてもらおうか。俺達から逃げられるなんて思うなよ?」
凛が鋭い視線を向け、低く静かな声で告げる。その一言で、塩田はソファに押し潰されるように身を縮めた。
まるでヤクザの取り立てを目の前で見ているようだ――蓮は苦笑するしかなかった。
しかしそれは仕方がない。凛の醸し出す威圧感は恐ろしいほど強く、有無を言わせぬ迫力があったのだから。
実際、目の前の彼は蛇に睨まれた蛙のようにガチガチに固まっていて、一緒に居る蓮でさえも息苦しさを感じるほど重い空気が漂っている。
「一つ一つ聞いていく。そこに嘘や偽りを感じたらどうなるか……わかるよな?」
凛はテーブルに備え付けてあったフォークを手に取るとそれを塩田の喉元に突き立てた。
先程までとは違う、冷たい口調で淡々と話す兄に蓮は戦慄を覚える。
――こ、怖い。
自分はどちらかと言えば精神的にジワジワ真綿で首を絞めるように追い詰める方が好きなのだが、兄はどうやら違ったらしい。
有無を言わさぬ迫力で一瞬にして空気を変えてしまった。
凛の事をスタッフ皆が怖いと言っていた気持ちが、何となくわかったような気がする。
もしかすると、これが本来の彼の姿なのかもしれない。普段自分の前では猫を被っているだけで……。
そんなことをぼんやりと思いながら二人のやり取りを見ていると、青い顔をした塩田が観念したかのように口を開いた。
「目的も何も、アンタたちがここに居るなんて知らなかった! 本当だっ!!
偶然同じ場所に居合わせただけだ!」
ガタガタと震える塩田は、膝を擦り合わせるほど怯えきり、目に涙を浮かべて必死に訴えかけてくる。
凛はフォークを喉元からわずかに引き、じっとその目を覗き込んだ。
まるで蛇が獲物を射抜くように――嘘か真かを見極めるために、その表情の一挙一動を観察しているのだった。
「偶然、か……。随分都合のいい言葉だな。まぁいい。では、此処に来た目的は?」
「それは……」
凛の問いに塩田は言葉を詰まらせた。その間にイライラさせられたものの、ここで爆発してはいけないと思い、ぐっと堪える。
「こ、答えたく、ない」
「……」
その言葉に、凛の瞳の鋭さが増した。塩田は自分の置かれている状況がわかっていないのだろうか?
怯えているくせに、答えたくないとはどういうことだ?
「まぁいい。では質問を変える。高瀬奈々はどこにいる? お前が唆した女だ」
「唆してない。あいつは、自分の意志で俺についてきたんだ」
――……は? 何を言い出すかと思えば……。
思わず蓮は兄と顔を見合わせた。こいつ、本気でそんなことを言っているのか?
「白々しい……。彼女がいなくなってこっちは大変だったのに」
吐き捨てるように呟いた声は思った以上に大きく、ファミレス内に響いた。数人の客がちらりとこちらを見たが、すぐに興味を失ったように視線を戻す。幸い、騒ぎにはなっていない。
だが、凛のフォークを握る手は小刻みに震えていた。怒りか、それとも別の衝動か――蓮には判断がつかなかった。
「本当だって! 奈々は監督からのセクハラと、ハードすぎるスケジュールに参ってたんだ。だいぶ思い詰めてて、SNSで知り合った俺に愚痴を零すくらいでさ……」
塩田は必死に言い訳を並べ立てる。声は裏返り、目には涙すら浮かんでいた。
「……それで?」
「そ、それで……会って話をしてたら、急に『もう戻りたくない』って泣きながら頼まれて……お願いだから誰も知らない世界に連れて行ってくれって……。だから俺は……」
「それで彼女を連れて夜逃げした、というわけか」
「……まぁ、そう……っすね」
凛の冷たい声に、塩田は観念したように俯き、掠れ声で答えた。
悪びれた様子もないところから察するに、塩田は自分がしたことの重大さがわかっていないのだろう。
彼女が逃げ出したくなるほどの精神状態に追い詰めたのは監督だろうが、きっかけが何であれ、それを唆したのは紛れもなくこの男だ。
曲がりなりにも元同業者なら、技術スタッフが行方をくらます事で生じる影響は知っているはずなのに。
いや、もしかしたら知っていた上での行動かもしれない。 この男は、仕事を失って恨みを持っていたと言っていたし、彼女の失踪に加担する事で己の鬱憤を晴らすつもりもあったのではないだろうか? そして、あわよくばその罪を彼女に擦り付けようとしたとか?
――いや、考えすぎか。
が、その可能性は十分考えられる。
「……奈々さんの件が事実だと仮定して、その彼女はいま何処にいるんだ? 一緒じゃないのか?」
凛の問いかけに、塩田は再び「それは……」と口ごもった。
――やはり何か隠している。情報を素直に話しているように見えて、肝心なところはのらりくらりとかわしている。
「彼女一人に責任を押し付けるつもりはないよ」
蓮はあえて声を和らげ、にこやかに続けた。
「もちろん、逃げ出すのは重大なコンプラ違反だから、お咎めなしとはいかないだろうけど。監督からのパワハラやセクハラが関係しているなら考慮されるだろうし、最悪でも解雇は免れるんじゃないかな。……僕の大事な友人が代わりに必死で頑張っているけど、やっぱり大変そうなんだ。だから、できれば戻ってきてほしいんだよね」
穏やかな声音の裏に潜む鋭さを感じ取ったのか、塩田は俯いたまま沈黙した。
膝の上で落ち着きなく指を擦り合わせ、しばらく逡巡する。
やがて観念したように顔を上げ、蓮を正面から見据えた――。
「わかった。一応伝えてみる。だけど、戻るかどうかまでは保証しないからな!」
何故か偉そうな物言いに蓮はムッとした。
何でコイツはこんな上から目線なんだ? まるで被害者は自分達だと言いたげな態度だ。
それに、コイツの表情は兄に凄まれて怯えていた時の人間と同じとは思えないほど謎の自信に満ち溢れている。
恐らく、自分は下に見られているのだろう。それがまた腹立たしい。
「……クソ、偉そうに……」
思わず洩れた低い声は自分でもびっくりするほど冷たく、刺々しい口調になってしまった。コイツの目的をはっきりとさせるまではキレるわけにはいかないと、何度か深呼吸をしてなんとか気持ちを抑え込む。
「ところで、もう一つきいてもいいかい? 君の話し方から察するに、彼女とは恋仲のようにも聞こえるんだ。それなのに、僕に声をかけた理由は? 今日ここに来た理由だって架空の彼女とランチデートを期待していたんだろう?」
この男の話を聞きながらずっと疑問に思っていた。 どうしてこの男は女装した自分に声を掛けたのか。
ホテルでうろついていた理由も定かではないし、何より一番不可解なのは、何故自分を選んだのかだ。
あの時、自分以外にも弓弦が女装していた。 顔立ちの良さから言えばナンパするなら断然向こうのほうが可愛かったと思うのだけれども……。
「そ、それは……魔がさしたというか……。あまりにもドストライクだったからつい……。アレがアンタだって知ってたら声なんてかけなかったよ」
「……」
コイツ、本気で一発殴ってもいいんじゃないだろうか?蓮は無言で拳を握り締める。
どうせなら、人気のない山奥にでも呼び出せばよかったかもしれない。流石に此処では人の目があり過ぎる。
チラリと兄を見てみれば、今の発言で更に怒りが増してしまったらしく、ギリリ、と音を立ててフォークが真っ二つに折れた。
「……俺の弟が美人なのは認めるが、お前は万死に値する」
凛はそれを塩田の目の前にコトリと置くと、顎を掴んで顔を覗き込む。
「このフォークのようになりたくなければ、今知っていることを全部吐け。お前に拒否権はない」
「ひぃっ、こ、怖っ……! 言います! 言いますからっ!」
「兄さん……。言ってること、色々とおかしい気もするけど……」
凛の言動に呆れながらも、蓮はふっと苦笑した。
――まぁいい。どうせ最後には全部吐かせるつもりなのだから。
「で、結局お前は何がしたいんだ? たまたま観光で此処にいたわけでは無いだろう? 此処は別に観光地でも何でもない、のどかな山あいの街だ。誰から聞いた? 目的はなんだ?」
「……」
「答えないと、指一本ダメになるが? それでもいいか?」
「わ、っ、わかりました! 白状しますからっ!!」
人差し指を変な方向に折り曲げられそうになり、塩田が悲鳴にも似た震え声を上げる。
「偵察に来たんだよ! 奈々が居なくなってさぞ困ってるだろうと思ってたのに、回を増すごとにクオリティは高くなってるし、視聴率もうなぎ昇りで、ダメージを受けるどころか益々勢いづいてるお前らが一体どんな不正を働いてんのか。それを探ろうとしただけだ」
聞き捨てならない言葉に、背後でじっと聞き耳を立てていた全員の怒りを買ったのがわかった。
「へぇ……。君もなかなか面白いことを言うね。つまり、僕らが何かズルをしていると疑っていた訳か。それで、収穫はあった?」
「……」
「あるわけないよな。そんなの……あるとしたら、スタッフや共演者全員の努力と才能と団結力だけだ」
コイツのせいで自分たちがどれだけ悩み、苦しんだと思っているのか。
そう思うと、無性に怒りが込み上げてくる。背後で聞き耳を立てている仲間たちも同じなのだろう。ピリッと張り詰めた空気が、振り向かなくても伝わってきた。
「キミ、元スタッフだったんだろう?」
蓮はニヤリと笑い、わざとらしく肩をすくめる。
「随分と問題児だったそうじゃないか。僕を怪我させて干されたらしいけど……今の言動を聞いてたら、それも当然の結果だったんだと思うよ」
鼻で笑って言い放つと、その嫌味がよほど気に障ったのか、塩田の顔に怒りの色が浮かんだ。
「なっ! お前に何がわかる! お前があの時、道具を踏んで大怪我を負わなければ俺は今でもスタッフとしていられたんだ! お前さえいなければ……っ。しかも、業界から引退したと聞いていたのに、いつの間にか戻って来ているし。随分往生際が悪いんじゃないのか!」
憎悪を込めた眼差しを向けられて、蓮は思わずため息を吐いた。
――逆ギレかよ。小物すぎて呆れる。
「……中々おめでたい頭をしているようだな。まだそんなことを言っているのか」
ギリッと音がしそうなほどに、凛は唇を噛みしめると塩田の胸倉を掴み、冷酷な眼差しで睨みつけた。
「例え蓮の件が無くたって、お前の居場所はもうなかった。そんな事にも気付かないとは……哀れだな」
「なっ……」
「お前は社会人として終わっている。仕事が出来ない上に、他人に迷惑を掛ける人間は業界には必要ない! いつまでも過去にしがみ付いていないで、他を探すんだな」
まるで判決を言い渡す裁判官のような冷たい声だった。
塩田は何も言えず、視線を落とすことしかできない。凛は突き飛ばすように手を離すと、くるりと踵を返した。
「行くぞ、蓮。もうここに用はない」
「え、あ、うん……」
「これ以上俺達に近づくな。次に作品の妨害を認めたら――指一本じゃ済まさないから、覚悟しておけ」
表情ひとつ変えずに吐き捨てると、凛はスタスタと歩いて行ってしまう。
慌てて追いかけながら蓮は「兄さん、ちょっと待って!」と呼びかけるが、凛は一度も振り返らなかった。