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成宮北斗がアリスが赴任してきてから、苦労して磨き上げたスタンレーのグランドピアノを前に、楽譜もなしに弾いている
幅の広い肩を動かして鍵盤を押さえ
黒のパーカに黒のぴったりとしたスキニージーンズ、ブーツを履いた足で、しなやかに鳴り響くように、ダンパーペダルを押している
窓から照らされるオレンジ色の光で彼の輪郭が金色に浮かんで見える
アリスはあまりに彼の事を思うので、自分の願望が見せている幻かとも思った
でも間違いなかった。正真正銘さっきまで夢想していた彼が、現実に目の前にいる
ドキン・・・ドキン・・・
ああ・・どうしよう・・・・
こんなことがあってもいいの?
彼はいつきたのか?どうやってここに入って来たのか、私の手紙を読んだのだろうか・・・
きっと読んで、私に会いに来てくれたんだわ・・・
ああ・・・聞きたいことが山ほどある
でも今は・・・彼の演奏を止めたくない
アリスがピアノの傍に来ると、大きな甘い音色と柔らかさに包まれ、その心地良さに浸った
北斗はやや高い音を響かせた後、指のすべてを使って低いコードを押さえて、曲を弾き終えた
余韻が消えるまで同じ姿勢を保って鍵盤を押さえ
音が消えると同時にそっと離した
アリスは両手を胸の前で握りしめて声を震わせて言った
「・・・素晴らしいわ・・・ 」
北斗が手を膝の上に置き、チラリとアリスを見て、また安らぎを求めるかのように再び鍵盤の上に手を乗せた
「7歳の頃・・・・離れにピアノが置いてあったんだ・・・」
「まぁ!それならあなたはまさに神童ね、私が7歳の頃は基礎訓練しかできなかったわ」
北斗はアリスの知る上流階級の、紳士らしき態度は一切取らなかった
普通なら女性が部屋に入ってきたら、立ち上がり、軽く握手をして、家族の様子を尋ね、天気やら何やらの世間話をしてからようやっと本題に入るのに
それなのに彼はアリスを無視して弾き続けている
ありすはそれがおかしくて妙にリラックスして、閉ざされているグランドピアノの屋根に、軽くもたれて笑いかけた
「きっとピアノの講師達に感心されたでしょうね。楽譜もなしにそんなに完璧に覚えるなんて」
「講師はいなかった 」
アリスは笑みを消した
「それじゃ独学なの?なおさらすごいわ 」
「何年も一つの場所に幽閉されていたから、ピアノを弾くことしか出来なかった。ある日ラジオで流れてくる音楽を耳で覚えて弾き出したんだ 」
北斗はぶっきらぼうな声で言った
ふと鬼龍院が北斗の幼少時代が父親に、虐待されていたと言っていたことを思い出した。途端に喉が締め付けられ言葉が出てこなかった
・・何年も幽閉されていたの?・・・・
「・・・よく殴られた・・・・俺は自制が効かなかったから・・・・ 」
アリスは父親に折檻されて、琥珀色の瞳に涙を溜めて小さくなる少年時代の北斗を想像した
どうして誰も助けてくれなかったのだろうか?父親以外の家族は?
聞きたいことは沢山あるが、ただ黙って彼の隣に立っていた