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#大正時代
井川奎
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98
#ヒューマンドラマ
井川奎
87
未熟者が作った物語
247
花のように
何も語らず
茎のように
自分の軸をもち
根のように
他者を支える
そんな存在に
ワタシはなりたい
第三語 風雲際会 別れあれば出会いあり。
「品行方正にありなさい。」
…
……
………え?…は?何?
「…ひんこ…呪文か何かですか。」
「そんなわけないでしょう。これは四字熟語よ。」
「いや、ぶっちゃけどっちでもいいですけど…」
何だ…?四字熟語…は知ってるが、急にそれだけ言われてもどういう意図なのか掴みにくい。
「それよりもドア、乱雑に開けたでしょう。」
「あ?あぁ、すみませんでした。」
なんだ、それが気に食わなかったのかと謝るが、知恵子さんの表情が緩む気配はない。
あろうことか、ゆっくりとドアを指さしてこう言った。
「”もう一度”、やり直しなさい。」
「……………はぁっ!?」
さっきから何ッッなんだこのクソババアっ!?
この俺の挨拶を無視して意味わかんない事言い出すし、オマケに”やり直せ”だぁあ?
「ばっ、ババア!さっきから舐めた事ばっか言いやがって…っ!俺の事馬鹿にしてんじゃねぇだろうなぁ!?あぁ!?」
大声でそう怒鳴ろうが、知恵子さんは一切臆する事なく、淡々と話を続ける。
「品行方正とは、考えや行いが正しくある事を意味するの。…さっきのあなたがした行動は、果たして品行方正だと言えるのかしら?」
「っ…」
正論で返されると何も言い返せない。言われてみれば、確かに俺の行動は雑だったな。
それは納得できる。凄く凄〜く納得できる。ただ…
「てめぇ…じゃなくて知恵子さんだって、俺の挨拶遮ってきたじゃねぇ…ですか。それも…ひ、ひんこう?ほうせい?だと言えるんですか。」
「…」
「……」
しばらくの沈黙が流れる。
そしてしばらくすると、知恵子さんが気まずそうに肩を強張らせた。
「………確かにそうね。ごめんなさい。」
「…!」
これは…か、勝ったのか…?
調子に乗った俺は、知恵子さんの肩を叩き、先程までの鬱憤を晴らすかのように煽ってやった。
「さっきはあんなに格好つけて説教してた癖に?自分はできてないなんて、大人として恥ずかしく無いんですかぁ〜?」
次の瞬間、知恵子さんの表情が般若のようなものに変わり、俺の頭を靴べらで思い切り引っ叩いた。
「言わせてみれば、あんたの方がよっぽど品行方正じゃないからねっ!!いいから早くやり直しなさいッ!!」
「はい、やり直します。すみませんでした。」
時刻は夜の6時半。
知恵子さんと俺は、向かい合う形で囲炉裏を囲い、暖をとっていた。
二人の間に、会話はない。
こうして静かにしていると、外で木の枝が風に揺られる音や、パチッパチッという薪の中の水分が爆ぜる音だけが鼓膜に響く。
荒んだ心を癒すかのように。
知恵子さんは現在72歳。旦那さんはとうの昔に亡くなったと聞いた。
「ずっと、ずっと一人だったのか。…たまに家族が帰ってくるなんて事も無かったでしょう。」
仲間意識。
なんて、くだらないものが湧いたのだろう。だが、それもすぐに打ち消された。
「そうね。一人だったわ。…けど、寂しかったことなんてないのよ。」
「は…?」
理解できなかった。
俺にとっては一人というのは辛く、寂しいもので…
それが無いというのだから、きっとこの人には感情が無いのか…?と思った程だ。
「”六道輪廻”という言葉があってね。
天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道
という六つの世界を、行いの結果から何度も生まれ変わりながら彷徨い続けるって意味なんだけれど…あなたはどう思う?」
心底くだらないと思った。
人間、死んだらそこで終わりだ。その後なんて無い。
「そもそも、そんな世界なんて無い。…死んだ後なんてものは存在しないし、死んだらそこで終わり…だと思います。」
「あっはは!捻くれてるわねぇ!」
「…うるせぇ」
死後の世界があるとするならば、親父は今どこにいるのだろう。
もし人間道にいるなら、また会えるかもしれない…なんて、現実逃避しているだけか。
「こうは言ってるけど、私もね、あるとは思っていないのよ。六道輪廻。」
「…じゃあ、それでいいじゃないですか。」
「けど、信じる事に意味があると思うの。…そうすれば、また会えるって。終わりじゃないんだって思えるでしょう?」
「そんなの…」
そんなの、ただ現実から目を背けているだけに過ぎない。受け入れる事の方が大切なはずなのに、何故この人はそうしない?
「身近な人が死んだ直後って、凄く辛いでしょう。…だから少しの間だけ、現実から逃げてみる。いつか、受け入れられる時が来るから。」
「…もし一生、受け入れられなかったら、どうするんだ。」
「その時は、それでいい。無理に受け入れる必要なんて、ないのよ。」
それで、いいのだろうか。
逃げて、逃げて、逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて
逃げ続けて。
「そんな人生に、意味なんて無いだろ…!」
気付けばそんな言葉を、知恵子さんに向けていた。
冷たい態度、乱雑な行動を取って、ずっと、八つ当たりをしていたのかもしれない。
そんな俺に、知恵子さんは冷たく、一つの言葉を投げかけた。
「人生行路。」
「はぁ…… ?いきなり何…」
「人生は一つの長い旅路だという意味よ。
人間に限らず、命を持つ者は長い旅路の中で、様々な選択をする。そうすれば、いつか生きる意味を見つけられるのだと、
私はそう信じている。」
「…っ」
「たとえ逃げ続けたとしても、その先に無意味があるとは限らない。
だから、たまには逃げても良いのよ。逃げるというのも、手段の一つなのだから。」
あぁ、そうか。
きっとこの人も、逃げた事があるのかもしれない。
けど、それを間違いだとは思った事なんて、一度たりともなかったのだろう。
いいのか。
逃げても、いいのか。
そう思えたら、胸がすうっと軽くなった気がした。
「じゃあ、俺も信じるよ。六道輪廻。」
その夜は、色んな妄想の話をした。
親父は、きっと人間道にいて、
ブヨブヨの、生まれたての赤ん坊になっているかもしれない。
はたまた、猫に生まれ変わって ゴミを漁っているかもしれない。
そんな、くだらない妄想を。
コメント
1件
えっと…第3話、読んだよ🌙 知恵子さんとの距離感がちょっとずつ変わってくの、すごくリアルだなって思った。 「逃げてもいい」って言われたとき、主人公の胸が軽くなる感じ、こっちまでほっとした。 あの火炉の音とか、妄想の話とか、重くなりすぎない空気が好き。 六道輪廻、信じてみようかなって思えるラスト、よかった。 シオンさんの言葉、ちゃんと受け取ったよ🥀