テラーノベル
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夜──蓮司の部屋。
カーテンは閉められ、天井の明かりも落とされて、薄暗いスタンドの灯りだけが二人を照らしていた。
蓮司はベッドに背を預けながら、遥の髪を指先で弄ぶように撫でていた。
その仕草に、優しさはなかった。ただの癖。所有物を指でなぞるような、そんな動き。
「今日、あの女子たちに何言われた?」
蓮司が尋ねる。
視線は遥ではなく、天井に向いている。
遥は答えない。
蓮司が知ってるはずのことだ。
学校で何が起きているか──どんなふうに自分が笑われ、消費されているか。
「ねえ、さ……」
蓮司は、ふと遥の頬に触れる。
その指が、目元をなぞる。
「泣いてないじゃん。笑ってるくせに。偉いね、ちゃんと“役”やってて」
遥は唇を噛んだ。
言い返せなかった。
「……ねえ、演技で感じられるって、どんな気分?」
蓮司の声は柔らかくて冷たい。
首筋に落ちる言葉が、刃のように肌を割った。
「嫌がってんのに、身体のほうが正直なんだもんね。……すっげーえっちだよ、遥」
「やめ……」
かすれた声が喉奥からこぼれた。
「ん? 何?」
「やめろって……」
「やめてほしいなら、ちゃんと嫌がって? ……おまえ、どこで教わったの? 嫌なのに腰、動いてるって、あれ演技じゃないでしょ?」
遥は枕に顔を押しつけた。
喉が焼けるように熱かった。
自分の身体が、どんなふうに反応してしまうのか──全部、知られている。
(感じてない、感じたくない、気持ち悪い──)
でも、身体のどこかは蓮司の動きに反応してしまう。
それが、もう演技ではなくなってきていることを、自分が一番知っている。
「──気持ち悪い……」
遥はそう呟いて、ぎゅっと目を閉じた。
それは蓮司にではなく、自分自身に向けた言葉だった。
気持ち悪い。
こんな身体も、心も、全部。
「うん、気持ち悪いね。……でも俺、そういうお前のこと、いちばん好きかも」
蓮司が囁く。
冗談めいた口調。けれど、その奥にあるのは「軽さ」ではなく、「確信」だった。
遥は、心の底で気づいていた。
蓮司は優しさなんか持っていない。
持っていないからこそ、こうして遥を簡単に壊していける。
壊れた遥しか、蓮司は見ようとしない。
でも──
(……壊れてる俺を、見てほしいと思ってしまった)
ほんの一瞬、そう思ってしまった自分がいた。
(こんな自分でも、誰かに……)
そこで、脳裏に浮かんでしまうのは、日下部の目だった。
教室で、自分をじっと見ていたあの目。
何も言わず、何も求めず、ただ、見ていた。
それが、苦しかった。
(見てるなら、何か言えよ)
(触れてよ)
(でも……触れられたら、俺は、もっと汚れる気がして──)
混乱が、胸の奥で暴れていた。
枷のように、蓮司の腕が自分の腰を抱いてくる。
そこには、愛情も優しさもない。
ただ、飽きるまでの娯楽。
遥は目を閉じた。
(これが、俺の“現実”だ)
そう、自分に言い聞かせながら──
次第に視界がにじんでいくことを、もう止められなかった。
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