TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

高嶺たかみねじんの執務室で婚姻届証人欄に半ば無理矢理サインをさせられた後、総務課長の風見かざみ斗利彦とりひこは、尽からふたつのことを約束させられた。

ひとつ、玉木たまき天莉あまりと自分との関係については、尽から報告があるまで誰にも漏らさないこと。


ひとつ、社員に割り振られた仕事に関しては、無闇に他の社員に振らないこと。



風見は尽の個室を一人追い出される形で総務課へ戻るべくエレベーターを待ちながら、心の中で思いっきり毒づいていた。


(何だ、私を早々に追い出しておいて! 自分は昼間っから恋人とイチャイチャするつもりか⁉︎)


実際は執務室には秘書の伊藤直樹も残っているので、淫靡いんびなことにはなりようがない。


そんなことは百も承知だったけれど、自分より優に一回りは年下だろう高嶺たかみねじんに、完膚かんぷなきまでに叩きのめされたことがどうしても納得いかないのだ。


江根見えねみ部長ならどうにかして下さるんじゃ)


営業部長の江根見えねみ則夫のりおは立場的には自分以上、常務取締役の尽よりは下。


だが、老獪ろうかいな紗英の父親には、常日頃から一人娘への便宜べんぎを図っているし、何なら恩だって売ってある。


考えてみれば、そのせいでこんなことになったのだ。


少しぐらいあの若造に一矢報いっしむくいる手助けをしてはくれないだろうか。


そんなことをこいねがってしまう。


(私は江根見えねみ父子おやこだって知っているしな)


それをチラつかせたら、少しは有利に交渉出来る気がした。


それに――。


考えてみれば、玉木天莉あの女だっていけ好かないではないか。


馬鹿みたいに自分の言うことをよく聞く、クソ真面目で従順なだけが取りの女だと思っていたのに、とんでもない女狐めぎつねだった。


(いつの間に常務へ取り入ったんだ?)


そんな様子、微塵も感じ取れなかったのに。



いや、そもそも――。


(あいつ、横野こいびとを裏切るような真似はしないんじゃなかったのか?)


玉木天莉が、営業課の横野よこの博視ひろしと、もう何年も恋人関係にあったことは、二人を知る人間ならば殆どの者が知っていた。


そう、それこそ風見も。


少なくとも風見があずかり知っていた限りでは、玉木天莉は少し前の週末――どうやら彼女の誕生日だったらしい――に、横野博視から別れを告げられたばかりで。


「傷心の先輩に追い打ちをかけるのに絶妙のタイミングになってお勧めですぅー」と、を知る紗英さえからそそのかされて明けの月曜日、風見は江根見えねみ紗英と横野博視の婚約を皆に発表したのだ。


その日のうちに恋敵である紗英の仕事を天莉に押し付けたのだって、天莉をさらに傷め付けるための作戦だった。


そういう諸々もろもろの悪行はすっかり頭の外に追い出して思う。


(玉木め。カマトトぶって、裏では横野くんと常務に二股掛けてたってことか?)


でないと余りにもスピード婚過ぎて辻褄つじつまが合わないではないか。


自分は妻と結婚するまでに約二年の交際期間を経てゴールインした。


周りの人間だって、大抵は半年以上の付き合いの末に婚姻へ至っている。


(最初から結婚前提の見合いとかならいざ知らず、それも違うだろ?)


そう思ったら、純朴そうに見えていた天莉のことが段々信じられなくなって……何なら憎らしくてたまらなくなってしまう。


何故なら――。


(玉木め! 私の誘いは断ったくせに!)


実は風見、総務課へ赴任してすぐ、美しい容姿をした天莉のことをかなり気に入って。


どうにも我慢出来なくなり、少し前に金と権力をチラつかせて男女の関係を迫ってみたことがある。


だが、当然と言うべきか。「申し訳ありませんが、私、恋人を裏切る真似は出来ません。今おっしゃったことは聞かなかったことにしますので、課長もご家族を大切になさってください」と突っぱねられてしまった。


可愛さ余って憎さ百倍とはよく言ったもので。


あれ以来、天莉あまりからの何事もなかったかのようなおのれへの事務的対応を見るたび。

彼女の清廉潔白とした態度が、若い女子社員に対して不義の心を抱いていたことを妻へ密告されるのではないかという後ろめたさに拍車を掛けて、どうにも傷めつけたくてたまらなくさせた。



(何も知らないバカな高嶺常務に、玉木天莉の二股疑惑をリーク出来ないものか)


――この際、二股云々うんぬんが、真実かどうかなんてどうだっていい。


客観的事実を羅列してもっともらしく怪文書でも送りつけたら、二人の間に亀裂が生じやしないだろうか。


そう考えると、そうしなければならない気がしてきて――。



実際は、博視と天莉が長いこと付き合っていたことなんて、二人を知る人間ならば大抵みんな知っている。

風見斗利彦が知っていることを、高嶺尽ほどの男が知らないはずがないということをすっかり失念して、そんなことを思って。


だけど――。


(あー、くそっ。高嶺尽と玉木天莉の関係は、まだごく一部の人間しか知らないんだった)


あの場にいた秘書の伊藤直樹、自分以外には、一体誰がこのことを知っているのだろう?


(社長や専務辺りくらいは知ってるのか? それとも――)


考えたらモヤモヤが止まらない。


モタモタしてないで、さっさと婚約発表でも何でもしろよ!


そうすれば、即座に『玉木天莉は不義理な女です。高嶺常務はだまされておられます!』と垂れ込んでやれるのに。



(この辺も江根見えねみ部長ならいい様にしてくれるかも知れないよな?)


風見斗利彦は、エレベーターに乗るなり七階の総務課には戻らず、江根見えねみ部長のいる営業課のある六階へと向かった。



***



風見斗利彦がいなくなったエレベーターホールで箱の動きを表示パネルでチラリと確認した伊藤直樹は、『全てお前の予定通りにことが運んでいるぞ』と尽に報告するため、執務室へときびすを返した。


二人きりで室内に残してきた玉木たまき天莉あまりと、幼馴染みくされえんのことが気掛かりで仕方がない。


(僕だってほんの数分くらいでどうこうなるだなんて思いたくはないけど……。尽は女性関係に関しては、相当手慣れてるからな)


直樹は、上司としての高嶺尽のことは心の底から尊敬していたし信頼もしていたけれど、男としては全く信用していなかった。



***



風見かざみ斗利彦とりひこを追い掛けるようにして秘書の伊藤直樹が執務室を退室して。


天莉あまりじんと二人きりで個室に残されたことにドギマギと落ち着かない。


だって。


「あ、あの……放して下さい……」


さっきからそうお願いしているのに尽は一向に握りしめたままの天莉の手を放してくれないのだ。


「どうして? 熱が出てるときには俺が差し出したイチゴを『あーん』だってしてくれた仲なのに」


そんな病気の時の恥ずかしいエピソードまで持ち出してきてじっと天莉を間近から見詰めてくる尽に、天莉はタジタジ……。


「あ、あれはっ、非常事態だったじゃないですかっ。そ、それに……ああしないと常務が……」


「ん? 俺が……なぁに?」


「ゆ、許して下さりそうになかった、から……」


しんどい時にごり押しされたらさっさと流されて早めに休ませてもらおうってなるのは普通だと思う。


なのに――。


「そうだね。だったら今も諦めなさい」


要するに放す気はないよと言外に告げられて、天莉は小さく吐息を落とした。


(もう、本当ワガママ……)


きっと今頃課長は――建前上ではあるけれど――婚約者の高嶺たかみね常務と執務室へ残された自分のことを良くは思っていないはずだ。


何しろ風見課長には、以前『色々便宜べんぎを図ってやるから私の愛人になれ』と迫られたことがある。


博視ひろしとの関係がギクシャクしていたのを見抜かれていたのかも知れないけれど、自身が妻子ある身でありながら、恋人のいる女性にそんな不埒ふらちなことを言ってくる課長のことを、天莉は心の底から軽蔑けいべつして。


それを態度には出さないよう極力努力してその誘いを突っぱねたのだけれど。


あれ以来それまでとは比べ物にならないほど紗英さえの仕事を丸投げされる率がぐんと上がったのは、きっと気のせいではないはずだ。


(奥様とお子様のことを思って……私なりに色々気を遣ってるんだけどな)


体調が本気で悪かった時、自分がそう仕向けたくせに、まるで天莉を一人置いておけないみたいにいつまでも帰ろうとしなかった課長に、先に帰るよううながしたのだって、それがあったから。


もちろんオフィスで二人きりになって、また前みたいに迫られたら怖いと警戒する気持ちもあるにはあったけれど、天莉は風見かざみ斗利彦とりひこという男が、存外プライドが高いということにも気付いていた。


一度突っぱねた女性を、恥の上塗りみたいな真似をして再度誘うことはしないだろうと踏んでいた天莉だったけれど……実際その通りで。


そんなどうでもいい矜持きょうじばかりが高くて、やっていることはろくでなしの課長から、変な勘繰りをされるのは絶対にイヤだ。


なのに――。

崖っぷち告白大作戦⁉︎〜彼氏と後輩に裏切られたら、何故か上司に寵愛されました〜

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

61

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚