テラーノベル
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「……何で、しょうか……?」 約一年振りに親子が対面しているというのに、同じ屋根の下に暮らしているというのに、他人以上に遠い関係。
いつもは生活圏が被らねぇようにして、相手の気配を感じ取ったら自室に引き篭もる。
用事がある時は、一方的にメッセージを送って終わらせる。
進路とかの話は流石に面と向かってするが、もう終わったこと。
だからこんなふうに相手の部屋に行くなんて絶対にありえないことだっていうのに、一体何考えてんだ?
この人は俺を見据え、口を開こうとしては小さく息を吐く。
何だよ? 大学卒業まで家に置いてもらう話だったが、やっぱり出てけとか、そんな話か?
「大丈夫か?」
「……はい?」
「同じクラスだった子、……亡くなったと聞いたから……」
その言葉が降ってきた時、頭にガツンとした衝撃まで降ってきたような気がした。
……はぁー? なに、言って……!
視界がぼやけ、口元がどんどんと気持ち悪りぃ何かに満たされていく。
担任から、聞いたんだろう。
一週間学校休んで、今日は登校したかと思えば別の女子に絡んで、意味分からねぇ行動したから当然だろう。
担任はいい。入学早々から「おはよう」とか「文化祭来いよ」とか、こっちが返事もしねーのに毎日話しかけてきて、今でもウゼェぐらいに絡んでくるから。
だけどよ、アンタは放っておけよ! ずっと、そうだったんだからよぉ!
この人は出張ばかりで、家に帰って来なかった。
あえてそうしてる。俺が気付かなかったとか、本気で思ってんじゃねーだろうなぁ?
「今更、なんだよっ!」
喉が切れそうなぐらいの怒声を上げた俺は、かつて恐れていた相手を強く睨み付ける。
「母さんが死んで、酒に溺れて、仕事が忙しいとか散々理由つけて、家事代行とか頼んで。言い訳しまくって家に寄り付かなくなったくせに、こんな時だけ父親ヅラかよっ!」
切れた息は荒く、体の力が抜けてしまった俺はその場に跪く。
情けねぇ、人間っていうのは食わなきゃ力が出ねぇということなのか。
「おい、大丈夫か!」
「触んなっ! 俺のことが憎かったんだろっ! 母さんが死んだのは俺のせいだもんなぁ! 俺なんか生まれてこなかったら良かったんだ! そしたら、母さんは……」
今も、父さんの隣で笑っていたかもしれない。
ガキはいなくても、仲の良い夫婦でいられたのかもしれない。
俺が生まれなければ、父さんも酒浸りになることも、暴れることもなかった。
俺が生まれなければ……。
「いや、違う! 違うんだ!」
「違わねーだろがぁ! ガキ扱いすんなよっ! それぐらい、分かる、分かってたんだよ、俺だって!」
「か、母さんは。母さんは覚悟の上で直樹を生んだんだ! 後悔の言葉を口にしたことなんか、一度も……!」
「あんたは納得してねぇーだろっ! 『母さんが死んだのはお前のせいだ! お前なんか生まれてこなければ良かったんだ!』。そう言い放ったの、忘れてねーからな!」
酒に溺れた父親によって、放たれた暴言。
当時は意味分かんなかったが、中学生になり母子手帳見たから知ってんだよ!
母さんの癌、俺が腹にいる時に分かったんだろ! 俺を産んだせいで、手遅れになっちまったんだろ!
俺なんかさっさと諦めてすぐ手術受けてたら、癌は転移しなかった。助かってた可能性、高かったんだろ?
俺のせいで母さんが死んでしまった。そうゆうことだった。
だから俺は、あなたに愛されることを諦めるしかなかった。
あなたの大切な人を奪ったのは、俺だったから。
だけどよ、俺だって、俺だって。
本当は父親に、ただ愛されたかったんだよ。
小説の主人公のように、未来のように。ただ無条件に、愛されたかった。
「……悪かった。ずっと、後悔してた……。幼い直樹を傷付けたこと。向き合わず、逃げたこと……」
冷てぇ床に座り込み、俯いたことにより顔は見えねぇが、膝元に何かがポタポタと落ちていき、グレーのスーツが色を変えていく。
震える背中はいつの間にか小さくなっていて、白髪がより増えていた。
「ズルいんだよ、今更……」
ホント、何で今謝ってくんだよ?
ガキの頃だったら、聞いてやったよ。しょうがねぇなと、菓子の一つでも買わせて許してやったよ。
ちゃんと世話してくれたら。メシとか用意してくれて、洗濯してくれて、服が小せぇとか、上靴がボロボロとか、気付いて声をかけてくれてたら、とっくに忘れてたよ。
ずっと、ずっと。あなたが俺を見てくれるのを待ってたんだからよ。
だけどそれを言葉にできない俺は、今もまた唇を噛み締め俯いてしまう。
この人もそうなんだろう。まったく、親子揃って不器用なんだからよ。
父親に押し付けられたビニール袋に入ったものを受け取り、ドアを閉める。
袋の中には、スーパーで買ってきたであろうおにぎり、筑前煮、かぼちゃのポテサラが入っている。
……なんだよ、俺の好物をしっかり知ってやがる。
母さんの得意料理だったものばっかを。
椅子に座り、割り箸を割き、黙々と口に運べば、思い出すのは二つの味付け。
母さんのは甘く、未来のは甘さ控えめだった。
俺が甘いのは嫌いだと散々文句垂れたから、未来はそれに合わせてくれていた。
俺は父親が許せなかった。母親を亡くし、生きる気力を失っていた息子に放った言葉。俺の養育を放棄し、他人に全任せしたことを。
だが、大切なものを失くして、初めて気付いた。人間ってやつは、そこまで理性的じゃあねぇーてことも。
母さんは自分の命より、まだ見ぬ子どもの命を優先する人だった。
だが、父親からしたら複雑だっただろう。
俺を諦めて早期に治療を始めていたら、母親は三十三歳の若さで命を落とすことはなかった。
俺の顔を見るたびに、その悔しさが湧き出てきたのだろう。母さんに顔がそっくりな、俺に。
母が亡くなって一年が過ぎた頃。
ようやく死を乗り越えたのか、暴言も暴力もなくなった。完全に酒を断ったからだった。
床に散らばっていた酒の空き瓶は全て片付けられ、同じく散り散りバラバラになった母さんの治療計画表などの書類はなくなっていた。
捨てたのかと思ったが、学校の書類でハンコがいて父親と話したくない一心で書斎に忍び込んだ時、部屋奥のダンボール内に隠すように仕舞ってあった。
捨てられなかった想い、そこだけ埃が被ってなかったから時々掘り起こして眺めていたのも、なんとなく察しちまった。
なんか見たらいけねぇ気がして、元の形に戻して書斎を後にした。
俺が母子手帳を手に取ったのは、たった一度だけ。
中一の時に盲腸で入院し母子手帳を病院に預けていたが、返却の時に父親もいねーしとパラパラと捲ったことから母親の癌は妊娠十五週目に発覚したことだったと知った。
俺が三ヶ月も早く生まれたのは母親の治療を始めるためであり、俺の成長を待ってギリギリのタイミングを計っていたと分かるには時間がかかったけど。
母親が、いつも小さく産んでしまったことを謝っていたのは、そうゆうことだったのかよ。
なんだよ、謝んないといけねーのは俺じゃねぇかよ。
俺のせいで、母さんは死んだ。
俺のせいで、父さんは狂った。
だが、居たのは病院だった。俺が異変を見せたら、様子がおかしいと父さんにも連絡がいく。
だから俺は、何も知らねーフリをした。
飯をムリやり突っ込んでると、様子を見に来た父親がテーブルに置きっぱしにしておいた母子手帳を見た途端に顔色を変えた。
奪い取る勢いでスーツのポケットに入れ、「見たか?」と聞いてきた。
何の話かと悪態つくと、明らかに表情が緩んでいったから、それも分かってた。
この人は隠そうとしている、と。
俺が自責の念に苦しまないように。自分の存在を否定しないように。
それもまた、事実。
#年の差
宇津Q
943
#ハッピーエンド
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