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「まだ決まったわけじゃないけど、考えだすなら早い方がいいよね。秋のメニューっていうのは、ドリンク? フード?」
「どっちもです。ただ、基本的にいまあるメニューになにか食材を足したり、アレンジしたりしてできるものが希望です。設備が限られているので、まっさらに新しいものというのは難しくて……。
スムージー系、ホットドリンク、フードの3種類を考えたいと思ってます。」
未央は結構ハードなお願いだなと手帳を取り出して、メモを取り始めた。
「郡司くん、正直スケジュールはかなりきついと思う。秋ってことは9月にはフライヤー作って予告して、10月に発売って感じだよね?」
「その通りです。10月初旬の発売が希望です」
「いま7月の終わりだから、食材の発注やパッケージの話も詰めるとなると、来週には試作、8月いっぱいでに大筋を決めないとまずいと思う」
未央は急に雰囲気をかえて、ザクザクと話を進める。その雰囲気についていくのがやっとという感じで亮介もメモをスマホに打ち込み始めた。
プレゼンかけて、試作して修正してを4週間でやろうとすると、実際に考える時間は1週間もない。未央は残ったコーヒーをごくごく飲み干した。「郡司くん、私いまからチーフに話してくるね。たぶんいいって言うと思うからちょっと待ってて。すぐ戻るから!」
「は、はいっ」
亮介をその場に残して、カバンを持つと未央はばっとかけ出した。
4階にあるスタジオまで一気に階段を駆け登る。帰りそうになっているチーフの先生をとっつかまえて矢継ぎ早に話をした。
以前にも他店舗との実績もあるし、問題なくできるだろうと了承を得た。第一段階は突破。エリアマネージャーにも報告するとのことだが、ほぼ確定。あとはmuseの店長さんとチーフで話をしてもらい、試作をこちらで始めることになった。
バタバタと今度は階段を駆け降りて、さっきのパンケーキ店に戻る。息を切らして戻ってきた未央に、亮介はあっけにとられているようだった。
「はぁ、はぁ。いま、チーフにも話してきたよ。大丈夫だって。あとでmuseの店長さんからも、うちに連絡してくれる?」
「わ……わかりました。ありがとうございます」
「そうと決まったら、さっそく試作だ!」
未央は伝票をつかむとレジへ向かって歩き出す。亮介もわたわたと荷物を持って後ろからついていく。
「僕に払わせてください」
「いいよ、この間のお礼だから」
「……じゃあ、ごちそうさまです」
亮介は申し訳なさそうな顔をしながら、一度出した財布をカバンにしまった。未央は急ぎ足で駅のホームへ向かう。早く家に帰りたくてたまらない。秋の新作スイーツのコラボができるなんて、すごくない!? スタジオのみんなで考えたものが、郡司くんのコーヒースタンド『|muse《ミューズ》』で売り出されるんだよ。楽しみすぎる!!
未央は興奮状態で、電車を待っていると、亮介にジーッと見られていることにはたと気づいた。
「ご……ごめんね。私こうなると周りが見えなくなっちゃうことがあって……」
「ぷっ!! くくくっ。未央さんてやっぱり面白いですね」
亮介は顔をくしゃくしゃにして笑った。こんな笑い方もするんだ。さわやかだけど、かわいい。
「お……おもしろい?」
「そうです、興味深いほうの面白いです。さっきまで、のほほんとパンケーキ食べてたのに、コラボの話出したとたん、人が変わるんですもん」
「仕事になるとつい……。反省してます」
「そんな、反省しないでくださいよ」
「でもね、計画立てるときは燃えるんだけど、いざプレゼンとなるとはっきりいえなくて、別人だってよく言われる。一本筋の通った人になるのが目標」
「いまの自分はそうではないと?」
「いつも態度が一緒の人もいるじゃない? そういう性格に憧れてて」
「はぁ」「漠然となんだけどね、仕事でもそういう一本筋の通った人をみるとすごく憧れちゃうんだ。
私は祖母に、もっとはっきり言いなさいとか、流されてどうするのとか、自分の意見をぶつけることを怖がるな! とか結構激しく言われてたんだ。
確かにそうなのはわかるんだけど、どうもね。傷つくのが怖くてたまらないの。失敗するのが異常に怖くて。
自分の意見をはっきり言える人をみるとすごくうらやましいと思うんだ」
亮介はだまってその話を聞いている。いきなりこんな話してわるかったかな。未央もそれ以上しゃべらず、黙っていた。