「……頑張るって、なにを?」
「え……あの……」
光貴が驚いて私を見つめた。まさか平手が飛んでくるとは思わなかったのだろう。彼は呆然としていた。
「これ以上、私になにを頑張らせるの! ねえっ! どういう意味!? 今の言葉はどういうつもり!?」
光貴の一言が、私の結界を壊してしまった。蓋をして押し込めていただけの、醜い感情が溢れ出して止まらなくなった。
「光貴はいいよね。身体の変化なんか一切無いもん! 詩音ができてから長時間の検診へ行くのも、苦しい処置してもらったのも私。詩音の死産のことも光貴のために家族にさえ言えなくて、真っ白な病院の広い部屋で一人、お腹の中で死んでしまった詩音と一緒に自分も死にたいって、何回も自殺を考えて、気が狂いそうになって、それでも家族に迷惑かけないように思いとどまって、辛い出産後に詩音を見送って、全部光貴のために耐えたのに……結果みんなからすごく責められて、誰も理解してくれなくて……わが子を亡くしただけでも辛いのに、そのことが二重に苦しかった。誰に責められても、光貴にだけは責められたくなかった。私の気持ちを汲み取って欲しかったのにっ!!」
もう、メチャクチャ。
ヒステリー起こして泣き叫び、せきをきってあふれ出した涙が頬を伝う。
「光貴にわかる? 死んだ詩音の横で母乳の出る辛さが! 身体はお母さんになったから、母乳止めの薬を泣きながら飲んだり、ほかにもたくさんある!!」
溜まっていた不満が涙と共にあふれ出す。噴火したマグマの溶岩が一気に下降へ流れていくように、もう止められない。
「どうして光貴に詩音のこと、あんなに責められたのか納得できないっ!! デビューライブがダメになることを承知で全部光貴に伝えて、泣いて縋れば満足だった!? それが最善策だったってことよね!! 私ほんとにバカみたいだった……あぁ、もうムリっ! 無理――っ!!!!」
言わなくていいことまで、全部吐き出してしまった。
こんなこと言うつもり無かったのに。
久々に声を上げて泣いた。慰めようと私の肩に触れようとした光貴に嫌悪感を抱き、触らないでっ、と手を弾いて拒否した。
だめだ。理性を失ってる。とても冷静でいられない。
このままだと、もっとひどい言葉で光貴を責めて傷つけてしまう。
言わない選択をした時点で、多少の中傷まで覚悟しなきゃいけなかったのに。私はまだ精神的に幼く、アーティストの妻という自覚も足りなかったから、自分のことで精いっぱいで光貴のことを想う余裕がなかった。
私は立ち上がった。
「ちょっと、頭冷やしてくる」
「えっ、どこ行くん?」
「少し放っておいて。一人になりたい」
私は光貴を置き去りにして寝室を出た。
あーあ。やってしまった。最低。自己嫌悪しかわかない。
でも、どうしても止められなかった。ずっと消化できない思いを抱えていたし、自分でもどうすることもできなかった。
今思うと、あの頃の私は詩音を失ったことが辛すぎて、自棄(やけ)になっていたのだと思う。心を病んでいたのも間違いない。
だから光貴が傍にいることが必要だったのに。
でも、様々な偶然が重なって、私は禁断の扉を開けてしまったのだ。
罪深きライブ会場へ続く、その扉を――