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寝室に朝日が差し込む。
森暮らしをしていたアリエッタの目覚めは早い。
「……ふぁ」(朝だ……今日も動けない)
目覚めは早くとも、基本的にミューゼかパフィによって拘束されているのがお約束である。さらに、最近はクリムも泊まりに来る事が多い。
ちなみに本日アリエッタを抱き枕にしているのはパフィ。豊かな包容力でアリエッタを快眠させ、起きた時には恥ずかしそうな顔を拝むという、恐るべき寝技を持っていた。
(はぁ……柔らかい……はやく抜け出さないと、ぱひーが目を覚ましてしまう)
寝起きで少しはっきりしない頭と、気恥ずかしさと罪悪感で、いつも静かに胸から抜け出そうとするが……
「……ふふふ、おはようなのよ、アリエッタ」
(!!)
成功した試しは1度も無かった。
「あ、あぅ……おはよ……」
「今日も可愛いのよ。ほら、もうちょっとだけぎゅ~なのよ♡」
「あわわわ」(待って待ってぱひー! 柔らかすぎるから! あぁぁぁぁ~)
こうして穏やかではない寝起きによって、アリエッタの1日は始まる。
(は~美味しかった)
「よしよし、全部食べたし~とっても偉いし。美味しかったし?」
「! おいしー!」(おっと、『ごちそうさま』が分からないから感想はちゃんと言わないとね)
パフィかクリムが作った朝食を食べて、ご満悦のアリエッタ。知っているリアクションは「おいしー」と笑顔だけなので、恩人達に感謝を込めて全力で応えようとしている。
そんな美少女の笑顔を向けられ、クリムの息が荒くなった。
「ぐふふっ…そうだしー? いつでもボクがお嫁に貰ってあげるし。今夜は一緒に寝るし~♪」
「寝るのはいいけどお嫁は駄目っ」
「私だって毎日一緒に寝たいのを譲ってるのよ」
「あたしも2人に譲ってるんだから、ちゃんと我慢してよね!」
(3人とも仲良いなぁ。僕とぴあーにゃみたいだ)
いつも楽しく言い合う3人を見て、微笑ましく思うアリエッタ。邪魔をしないように黙ってみている事にした。可愛い妹分の事を想いながら……。
アリエッタはピアーニャと仲良しだと思っている。しかし、子ども扱いされるのが嫌いな最年長者ピアーニャにとって、アリエッタは保護観察するべき対象であると同時に、コンプレックスを善意でぶち抜き続けてくる恐るべき相手なのである。
(ぴあーにゃ今頃どうしてるかなー。また遊んであげなきゃなー)
そんな事は知る由も無いアリエッタは、今日もピアーニャを可愛がる気満々だった。もちろんそれを恐れて、大事な用事がある時しかピアーニャは家にやってこない。
食べ終わった食器をキッチンまで持っていくと、騒いでいたクリムが心配そうに駆け寄ってきた。
「ごめんだし、食器ありがとうだし。後は任せてあっちでゆっくりするし」
クリムがリビングの方を指さして、休むように促した。
(遊んでろって事かな? じゃあ絵でも描いてようかな)
(言わなくても片付けるって、やっぱりイイ子だし~お嫁に欲しいし~)
アリエッタがリビングに向かった後、キッチンでは保護者3人による無言の争いが始まる。
(どうだし? ボクとアリエッタは理解しあってるし)
(それくらいなによ。アリエッタと一番遊んでるのはあたしなんだから。絵だって一番描いてもらってるもの)
(ふふん、2人とも包容力はまだまだなのよ。アリエッタの安心出来る場所は私の腕の中なのよ)
3人共、引く気は全く無い。アリエッタが心配してやってこないように、しばらく視線だけで言い合いを続けるのだった。
(さーて、何描こうかな~)
リビングにやってきたアリエッタは、紙と炭筆を手に取り、絵のモチーフを考える。部屋の中を見渡し、モデルを探し始めた。
(今日はコッチがいいかな?)
先日エインデルブルグに行ってからというもの、人物画よりも風景画や静物画にハマっていた。新しく見る物が多いなら、そこにあるもの全部描けばいいじゃないという考えに落ち着いたのだ。
そして出かけていた時とは違い、家の中では時間がたっぷりある。描くものを決めたアリエッタは、良いポジションを探し、腰を据えて炭筆を構えた。
「あれ? アリエッタ……はお絵かき中だし。邪魔しちゃ悪いし、お店の準備しにいくし~」
キッチンから顔を出したクリムが、アリエッタの様子を見て、食堂「ヴィーアンドクリーム」へと向かう事にした。ランチ営業のみだが、近隣では人気の店なのである。
「本当なのよ。いってらっしゃいなのよ」
「……う~ん、しばらくは見守るだけかぁ」
「それも今のお仕事なのよ。今日はミューゼが一緒にいる番なのよ。お昼はさっきの残りとかあるから、食べておくのよ」
「うん、任せて」
ミューゼとパフィは日替わりでアリエッタの観察をしている。本日はミューゼが観る事になっている。パフィはシーカーとしての簡単な仕事をし、帰りにクリムと一緒に食材を買ってくるつもりである。
いくらアリエッタ保護観察の仕事の補助金が出ているとはいえ、動かなければ体がなまってしまう。2人は運動がてら、簡単な仕事を受けて自分の小遣いを稼ぐのだった。ただし、アリエッタに早く会いたいが為に、日帰り出来る仕事しか受けていない。
「それじゃ行ってくるのよ」
「気を付けてね~」
家に残ったミューゼは、まず家事をこなす。最近はピアーニャやネフテリアが来るようになったので、玄関からリビングを中心に、掃除を始めた。
「よっと……」
杖を掲げ、スポンジのような草花を出し、水と一緒に駆使して廊下を綺麗に磨いていく。こうやって家事で普段から魔法を使うのは、一部のファナリア人の特徴である。
植物と水で掃除や菜園をするのは、ミューゼの得意技。その腕前は遊びに来たネフテリアも驚き、土産話として王城のメイドに話したら、今度はぜひメイドへの転職で城を訪れて欲しいと願われた程だった。
知らないうちに意外なところで再就職先に困らなくなったミューゼは、廊下の床から天井まで磨き上げ、ついでにリビング以外の場所も次々と綺麗にしていった。
「よし、これで終わりっと。あとはアリエッタが終わったらかな」
一旦掃除を終えたミューゼは、リビングに戻ってアリエッタの様子を見る。
真剣に絵を描き続けるアリエッタ。家の中での風景画は、1人の人物画よりも描く範囲と物量が多く、基本的に時間がかかる。描画速度の速いアリエッタでも、1日で終わらせる気は無いのである。
だからこそある程度集中した後は、一旦未完成用の箱に紙を入れ、休憩がてらミューゼとお勉強をしようと思っていた。
「みゅーぜ」(掃除終わったのかな、物の名前教えてもらわないと)
「あら、休憩かな? もしかして気を使ってお掃除させてくれるのかな」
ミューゼはアリエッタを撫で、杖を持ってリビングの掃除を始めた。
(あ、もしかして掃除の邪魔してた? 気を付けないと……)
「良い子だね~。わざわざ中断してくれるなんて」
1室だけならば、掃除はすぐに終了する。主に床やテーブルの拭き掃除になるので、アリエッタの風景画の邪魔をする事は無い。
(やっぱりすごい……魔法で掃除かぁ)
「これでよしっと。アリエッタ、ありがとうね」
掃除を終えたミューゼはソファに座り、本を読み始める。魔法の勉強用に買った本で、先日ネフテリアに一通り使えると便利と言われ、各属性の理論を勉強しなおしているのだ。もちろん魔法好きなアリエッタに喜んでもらう為でもある。
そしてアリエッタは、そんなミューゼの隣に座った。
「ん? どうしたの? お絵かきは今はしないのかな?」
(えっと、話しかけていいのかな? 物の名前を教えてもらいたいんだけどな……)
てっきりお絵かきを再開すると思っていたが、隣にアリエッタが座った事で勉強を一旦止める事にした。
本を置くと、アリエッタは周囲をキョロキョロと見渡し、テーブルを指さしてミューゼを見る。
「ん? テーブルがどう……あっ」
「てー…ぶ?」(えっと、何?)
アリエッタの分かりやすい行動で、その名前を知りたがっている事を理解したミューゼは、気を取り直して単語を教える事にした。
「テーブル」
「てー…ぶる?」
「うん、テーブル」
「てーぶる…てーぶる」
「うんうん」
ミューゼが笑顔で撫でると、それで合ってると判断し、アリエッタも笑顔になる。
アリエッタは『テーブル』を覚えた。
すぐに役に立つかは分からないが、知っている単語が増える事は、会話を覚える為の大事な要素である。この後も、午前中は家の中を次々に指さし、家具の名前を教えてもらっていくのだった。
その夜、パフィとクリムが帰ってくると、今日の勉強の成果を見せる為、アリエッタが2人を引っ張り、物を指さして名前を言っていく。
「てーぶる!」「いす!」「はこ!」「ほん!」
「凄いのよ! アリエッタ! 賢いのよ!」
「やっぱりアリエッタちゃんは偉いし! 絶対お嫁に貰うし!」
「でしょ~。でもお嫁にはあげないから」
名前を教えていったミューゼもご満悦。
こうしていくつもの単語を覚えたアリエッタの夕食は、パフィとクリムによって豪華なものとなった。
(よーし、これで会話に一歩近づいたかな? 毎日少しずつ覚えていくぞ)
お腹も勉強も満足したアリエッタは、昼から再開していた絵を描き始める。すでに塗りの段階になっている為、アリエッタの髪の色が目まぐるしく変化していく。
「いつ見ても、不思議で綺麗だし」
「いつまでも見ていられるね。でも見ているのがバレると恥ずかしがるからなぁ……」
「のぞき穴でも作るのよ?」
「それは…えっと……う~ん。そ、それよりも、2人は今日何してたの?」
こうしてアリエッタは絵を描き、保護者達は世間話や今日あった事の話題で盛り上がり、そして夜が更けていく。
(今日はここまでっと。眠くなってきたから続きはまた明日)