「なあ、今度さ……また元貴んち行ってもいい?」
放課後の帰り道、滉斗がふいに切り出した言葉に、元貴は目をぱちぱち瞬かせた。
「え? どうしたの急に」
「いや……前、ギター弾けるって言ってたじゃん。俺もやってみたくて」
「……ギター?」
「うん。あんま弾いたことないけど、教えてくれたら嬉しいなって」
元貴は数秒考えてから、にこっと笑った。
「……いいよ。今から来る?」
「…マジで? 今?行く!」
—
ギター、ベース、PC、モニタースピーカー。
何度見ても圧倒される元貴の音楽部屋。
「わぁ……やっぱ本格的だな」
「慣れたら別に普通だよ。ほら、ギターこれ。ストラト、軽めだから初心者向きかも」
「……触るの緊張する」
「緊張するようなもんじゃないって。持って、ここにピック挟んで……」
滉斗の手元を確認した元貴は、ギターの背に回り込むようにして、
そのまま、滉斗の肩越しに覆いかぶさるような体勢になった。
「こうやって……手首は固めすぎない。ピックの持ち方、ちょっと貸して」
滉斗の右手をそっと掴んで、指の間にピックを正しく収め直す。
その手の温度が、じんわりと伝わってくる。
(ちょ……近っ……)
元貴の顔が、すぐ近くにある。
メガネ越しの目元が、真剣で、近くて。
息が、耳に当たる。
(心臓が……持たない……)
けれど、そんな滉斗の動揺をよそに、元貴は一切の躊躇なく、手をそえて動かしてくる。
「ストロークはこう。肘じゃなくて、手首で。こんな感じ」
「う、うん……」
一音鳴った。
それは、ちょっとかすれたけど、ちゃんと響いた音だった。
「……ちゃんと出てるじゃん。才能あるかもね」
「ま、まじで?」
「うん。あと2回くらいやったら慣れると思う」
少しだけ肩をすくめて笑う元貴。
音楽に触れている時の彼は、やっぱり真剣で、自由だった。
滉斗は、自分の中にふと浮かんだ想いに戸惑っていた。
(俺……この時間が、ずっと続いてくれたらって思ってる)
—
帰り道。
イヤホンを耳に差しながら、夜風を受けて歩いていた。
さっき、元貴とふたりでギターを鳴らしたあの感覚が、指先に残ってる。
心臓の高鳴りと、声にならなかった言葉。
「……好き、なんだろうな、俺」
音楽を通して重なった心。
あの瞬間だけは、自分の“答え”に一歩近づいた気がした。
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