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いま、わたしはクリス殿下やキール様と夕暮れの閉園時間まであと1時間もないぐらいの植物園に来ている。
クリス殿下とキール様は先ほどまで学園に行っておられた。
学園が終わる時間に合わせて、わたしと植物園で集合をしたのだ。
王立学園の制服姿のおふたりを初めて見た。
本当に学生だったんだと変なところで感心してしまった。
クリス殿下は痩せ気味なので、ブレザーに着られている感があったけど、おふたりとも長身なので、上下紺色の制服が良くお似合いで、キール様においては、キール様が気づかないだけで実はモテているのではないかと思うぐらい、好青年だった。
平日の夕方の植物園はほとんど人がいない。
薔薇の季節だから、もう少し賑わっているのかと思ったのだけど、いまにも雨が降りそうな空模様だから、余計に来園者が少ないのだろう。
なぜ、3人で植物園にいるのか?
デートの下見をすることにしたのだ。
クリス殿下の人気のケーキ屋でのデートはアドニス様が体調を崩されて、途中で帰ったと報告を聞いた。
だから、次のデートはもっとがんばりたいのだ。
それぞれが婚約者であるアドニス様やペイトン様と様々な植物を一緒に見て、「珍しい植物なんだね」「綺麗な花ですね」と会話を交わしながらデートをして、ここで「博識な私&わたし」をアピール出来ればと、下見をすることになったのだ。
「誰もいないですね」
「雨も降りそうだしな。我々も駆け足で見ようか」
「そうですね。俺は温室のバナナにしか興味ありませんから」
キール様は、先ほどからずっとバナナバナナと連呼している。
きっと、学校帰りでお腹が空いているのに違いない。
思わずクスっと笑ってしまう。
「いま、シャンディは俺のことを馬鹿にしましたね」
「キール様はお腹が空いておられるのかと心配しただけです」
「シャンディの予想は当たっているよ」
珍しくクリス殿下が声を出して笑っている。
こんな、どうでもいい話しをしながら、この薔薇の季節のメインの場所、薔薇園を目指す。
クリス殿下やキール様と会うのはもう何度目だろう。
この場所に居心地の良さを感じている。
最初は共同戦線と言われて、何事かと思ったけど、このふたりと過ごすのは楽しい。
おふたりの「同士」にしてもらえて、本当に良かったと心から思う。
薔薇園に入る手前で見覚えのある風景に出くわした。
ペイトン様とアドニス様のおふたりが薔薇園の中にいらっしゃったのだ。
わたし達3人の空気が一瞬で凍りついた。
とにかく、ふたりに気づかれないようにと、それだけはお互い1番最初に思ったようで、差し足抜き足で木の影に隠れる。
おふたりの様子を固唾を飲んで3人で見守る。
以前、王宮の噴水の前で見た、直視できないぐらいの甘い雰囲気は一切なく、どちらかと言うととても深刻そうだった。
「アドニスは今日、学園を休んでいたのに…」
クリス殿下が力なくボソッと独り言のように呟く。
そうだったの!?
もう一度、ペイトン様とアドニス様を見る。
少し言い争っているのか、おふたりの雰囲気が良くない。
ペイトン様が両手でアドニス様の両腕を掴んで、揺すりながら何かを訴えている。
それを見たクリス殿下がアドニス様が乱暴されたと思ったのだろう。
我慢出来なくなって、飛び出そうとした。
「クリス!」
反射的にクリス殿下の腕を掴んだ。
わたしは無言で首を振る。
クリス殿下の長い前髪から見える瞳に怒りの火が点っている。
その時だった。
アドニス様がペイトン様を突き飛ばすようにしてから、地面にしゃがみ込んだ。
そして、ハンカチで口元を押さえていて、明らかに顔色が悪い。
わたしもクリス殿下もほぼ同時だった。
気付けば、アドニス様に向かって走っていた。
「「アドニス(様)!!!」」
ペイトン様もアドニス様も我々が走って近づくことに気づいていない。
「アドニス様、大丈夫ですか?」
突然、現れて声を掛けたわたしにアドニス様がパッと顔を上げられた。
その驚いた表情の瞳の先にクリス殿下がある。
ペイトン様は唖然としたまま、動かない。
「アドニス様、ご気分が悪いのですか?」
声はなく、小さくコクコクと頷くアドニス様。
小さくしゃがみ込んだアドニス様の背中をわたしはそっと摩る。
青い顔をして、口元をハンカチで押さえたアドニス様は、いまにも吐いて倒れそうだ。
でも、この症状に心当たりがある。
屋敷の侍女達も苦しんでいた。
クリス殿下にもペイトン様にも聞こえないように耳元で本当に小さな声で聞く。
「アドニス様、もしかして悪阻ですか?」
アドニス様の綺麗な金色の瞳から、涙が溢れた。