ネロが笑うのを止めてクルト王子に頭を下げた。
「はい、彼はイヴァル帝国の騎士です。後ろの大きな男も」
「ほう?」
僕は驚いた。どうしてネロは、僕が王だと言わないのだろう。もしかして庇ってくれた?それともなにか企んでる?
クルト王子が今度はゼノに聞く。
「なぜイヴァルの騎士が、宿の中を自由に行き来しているのだ?それに先ほどこの者は、おまえの部下だと言ったぞ」
ゼノが僕達を守るようにクルト王子と僕達の間に立つ。
「…今回の戦で、彼は俺の捕虜になったのです。俺は部下にするつもりで連れてきました。後ろの男も同じく」
「捕虜か…。リアムはこのことを知っているのか」
「はい、許可をいただいてます」
「わかった」
クルト王子は納得したのかしてないのかよく分からない顔で頷いて、この場から去ろうとする。しかしすぐに足を止めて「ああ、そういえば」とこちらを振り向いた。
「ネロ、おまえは側近がどうのと話していたが、この者はイヴァルでの身分が高いのか?」
「……はい、位の高い貴族です」
またネロが嘘をついた。どうしてだろう。
僕はネロを見つめる。
僕の視線に気づいたネロが、ふいと目をそらす。ネロがなにを考えているのかわかなくて不気味だ。
クルト王子が顔だけをこちらに向けたままで話し続ける。
「そうか。では国政にも関わっているのだな。ならば教えてやった方がいいだろう。今回の戦、リアムが早々に引き上げたことに王が怒っている。我が国の宝石の原石を盗み、リアムに大怪我をさせた野蛮国のイヴァルに大した打撃を与えられなかったことを悔しがっている」
「お言葉ですが…盗難を仕組んだのはあなたでは?」
「なに?…おまえ、何者だ?」
「ネロが話したように、イヴァル帝国の貴族ですが」
「俺を前にして怯まぬその態度…まだ少年のように年若い容姿…いや、王は女だったな」
「何をブツブツと仰ってるのですか?我が国の王は女しかなれません」
「おまえ、男装してはいないか?」
「バカなことを。僕は男です」
リアムが優秀だから、クルト王子は凡人なのかと思っていた。だけど違った。洞察力が鋭く油断できない。
クルト王子が身体ごとこちらを向く。向いた時に腰の剣がカチャリと音を立てた。
「まあいい。そのうちおまえの正体もはっきりするだろう。話が逸れてしまったな。おまえは我が王城にイヴァルの騎士が数名残っていたことを知っているか?」
「知ってます」
僕を連れ戻すための使者として来たトラビスが、置いていった騎士達だ。すぐに城を出て国に戻るようにゼノに連絡してもらったはずだが…。
「昨日、王の命で彼らを処刑した」
一瞬なにを言ってるのかわからなかった。思考が停止した僕は、ゼノの叫び声で我に返る。
トラビスが剣を抜き、クルト王子に襲いかかろうとしていた。
ゼノが慌てて飛び出す。
トラビスが振り下ろした剣は、クルト王子の前に立ち塞がったゼノの身体を斬り裂いた。
「ゼノっ!」
僕はゼノに向かって手を伸ばした。だけどトラビスに抱きかかえられて、離されてしまう。
「トラビス待ってっ!ゼノがっ」
「ダメです。早く離れなければ、次は俺達が斬られる!」
「でも…っ」
トラビスがすごい速さで走る。廊下の角を曲がり、ゼノの姿が見えなくなる。
床に倒れたゼノに、クルト王子が声をかけていた。そしてネロが僕達を追いかけてくる。
トラビスは階段を飛び下りて廊下を走り、扉を蹴破って外に出た。
途中、見たことのある騎士が、何かを叫んでいたような気がする。
僕はなすすべもなく、トラビスに身を任せていた。
「あいつ、しつこいな」
街を抜けた頃に、僕を担いだままのトラビスが呟いた。
項垂れていた顔を上げると、ネロがまだ追いかけてきている。
僕は「止まって」とトラビスの肩を叩いた。
「わかりました。ここで二手にわかれましょう。俺がネロを止めますので、フィル様は先に行ってください」
「ネロを…殺すの?」
「…殺さないように善処します。先ほどは、俺の部下が処刑されたと聞いて、ついカッとなってしまいました…。クルト王子を斬るつもりだったのですけど、ゼノがいきなり飛び出してきて…。申しわけありません」
「わかってる…。トラビスが斬らなければ、きっと僕が剣を抜いていた」
「フィル様…。ですが瞬時に手の力を緩めたので、ゼノの傷は浅いはずです。致命傷にはなっていません。ネロも、できれば拘束してイヴァルに連れて行きます。フィル様はどうか、無事に国へ戻ってください。もしかすると回復したラズールが、国境まで来てるかもしれない」
「わかった。どうにかして戻る。トラビスも気をつけて」
「はい」
トラビスが足を止めて、僕をそっと地面に下ろす。そして剣を抜き、ネロが来るのを待つ。
僕は走った。足が震えるけど、全力で走った。ロロも連れて来たかったけど、そこまで余裕がなかった。ロロ、どうか無事でいてほしい。必ず迎えに行くから。でもこのまま走って国に行くには、何日もかかってしまう。どこかで馬を調達しなければ。トラビスが言ったように、回復したラズールが来てくれたら助かるのにな。国境を越えて来てくれないかな。それはあまりにも都合がよすぎるか。
この騒ぎをリアムも知っただろう。きっと怒っている。大切な側近のゼノが斬られたのだから。記憶が戻っても、もう二度と僕に会ってくれないかもしれない。どうしてこう、物事が悪い方へとばかり向かうのだろう。やはり僕は、幸せになってはいけないということなのだろうか。
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