テラーノベル
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「な、なんで……なんでここにいるんですか?」
消え入りそうな声で問いかけると、ナオミは穂乃果にだけ見える角度で、ふっと意地悪く口元を歪めた。
「今日、検査入院だって言わなかったかしら?」
ニヤリと笑うその顔は、紛れもなく『BLACK CAT』のママの、いつもの悪戯っぽい表情だった。
「たく、人の女に手を出すとはいい度胸ね? アンタ、どうなるかわかってんの?」
あまりのギャップに眩暈がしそうになる中、加藤がガタガタと震えながら、言い訳をするように白状し始めた。
「ひ、一晩中、誰も来ないようにしてくれるって……あ、あの娘が言ったんだ! 儂のせいじゃない!」
「あの娘?」
「あの女が……里奈ちゃんが、安住ちゃんは誰とでも寝る淫乱だから、喜んで奉仕してくれるって言うから……っ!」
「……里奈……」
「……へえ」
ナオミの目が、さらに冷たく細められる。部屋の温度がまた一段と下がったような気がした。
凍りつくような沈黙が個室を支配した、ちょうどその時――。
シンと静まり返った深夜の廊下の向こうから、コツ、コツ、と小さく床を叩くナースシューズの音が聞こえてきた。それに重なるようにして、フフン、と妙に上機嫌な、深夜の病棟にはおよそ似つかわしくない鼻歌が響いてくる。
他人の人生を玩具にして踏みにじることに、なんの躊躇いも覚えていない――そんな底意地の悪い楽しげな足音は、個室のドアの真ん前でぴたりと止まった。
「――っ」
思わず身を硬くした穂乃果を、ナオミが「大丈夫よ」と諭すようにさらに強く抱き寄せる。その腕を通じて、彼が爆発寸前のマグマのような、凄まじい怒りで身体を強張らせているのが伝わってくる。
直後、静まり返った個室のドアが、ゆっくりとスライドした。
「加藤さーん? どうかしましたかぁ? ――って、えっ?」
スマートフォンを片手に、獲物をいたぶる準備を整えたニヤニヤとした下劣な笑みを浮かべて入ってきた里奈の言葉が、途中で引きつったように途切れた。
てっきり、襲われて衣服を乱され、ボロボロになった穂乃果が泣き叫んでいる凄惨な現場を動画に収め、それを盾に一生脅してやろうと、勝ち誇った顔でやってきたのだろう。その手に握られたスマホの画面は、すでに動画の撮影モードになったままだ。
けれど、目の前に広がっていたのは、彼女の浅薄な頭では到底処理しきれない、あまりにも予想外の光景だった。
共犯者であるはずの加藤は、無様に床に這いつくばって生まれたての小鹿のようにガタガタと震えており、その奥では――この病院の特別室に入院しているはずの超絶イケメン、織田健司が、パジャマ姿でありながらも、穂乃果をお姫様のように大切に、迅速に、そして誰も触れさせないと言わんばかりの強い独占欲を滲ませて、その逞しい腕の中に抱きしめている。
「え……? な、んで……? 」
手にしたスマートフォンの画面が虚しく録画時間を刻む中、里奈は視線を激しく泳がせ、脳内のキャパシティを超えた事態に完全なパニックに陥っていた。
そんな浅はかな女を、健司はいつものオネエ口調を跡形もなく消し去った、冷徹極まりない「男」の目で冷たく見下ろした。その双眸に宿る光は、夜の街を支配する強者のそれであり、同時に、大切な存在を脅かされた猛獣の危うさを孕んでいる。
穂乃果を逞しい腕でしっかりと抱きすくめたまま、一歩、また一歩と、逃げ場を無くすように里奈との距離を詰めていく。
「……なぁ、アンタ、なんでこんな時間にここへ来たんだ? ――まるで、ここでこれから何が起きるか、最初からすべて知ってたみたいじゃないか」
低く、温度を完全に失った男の地声が、静まり返った個室に不気味に響き渡る。
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#NL
瀬名 紫陽花
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