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楽屋を飛び出したユジンが向かったのは、人目のつかない地下の備品庫だった。埃っぽい空気と、魔法の届かない薄暗がり。ここだけが、今の彼が唯一「まともな息」を吸える場所だった。
ユジンは冷たい床に座り込み、膝を抱えた。
震えが止まらない。
脳裏に焼き付いているのは、先ほどのギュビンの手のひらだ。あの美しい黄金の粒子は、自分を救うためのものではなく、自分をこの世界から排除するための警報(アラーム)に変わってしまった。
「……っ、ハァ……ハァ……」
過呼吸気味の呼気が、暗闇に響く。
この世界では、呼吸の一つ、鼓動の一つにさえ魔力の波形が宿る。だが、ユジンの周囲には何もない。ただの空気が、そこにあるだけだ。
「ここにいたのか」
静かな声。扉が開くと同時に、まばゆい光が地下室に流れ込んできた。
振り返らなくてもわかる。キム・ギュビンだ。
彼の存在そのものが、今は暴力的なまでの『正解』として、ユジンの『間違い』を照らし出している。
「……来ないでって言っただろ」
「あんな顔したお前を放っておけるわけないだろ」
ギュビンは戸を閉め、ユジンの隣に腰を下ろした。
狭い空間に、ギュビンの濃厚な魔力の気配が充満する。それはユジンの肌をチリチリと焼き、自分がここには存在してはいけない異物であることを再認識させた。
「ユジン、さっきマネージャーが言ってたこと……気にしてるのか? 国家級だなんだって」
「……当たり前だろ。ヒョンは、もう手の届かないところに行くんだ。俺とは違う」
「違わない! 俺はただ、お前のそばにいたいだけだ。力が強くなったのだって、お前を隠すための結界をもっと完璧にしようと――」
「それが迷惑なんだよ!」
ユジンは叫び、ギュビンの胸を突き放した。
「俺を隠すために、ヒョンの人生を無駄にするなよ! ヒョンが国家の至宝になるなら、俺みたいな『欠陥品』を抱えてるのはリスクでしかないんだ。もしバレたら、ヒョンだって処罰されるんだぞ!?」
「そんなの、怖くない」
「俺は怖いんだ! ヒョンが俺のせいで壊れるのを見るのが、死ぬより怖いんだよ!」
ユジンの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
魔法のない無力な涙。光を放つことも、熱を持つこともない、ただの水滴。
ギュビンは絶句し、突き放された手を虚空に彷徨わせた。
ユジンの言うことは正しい。この国で「無能力者」を匿うことは、国家反逆罪に等しい。ギュビンの才能が大きければ大きいほど、それを隠蔽していた罪もまた、膨れ上がっていく。
「……ユジン。お前は俺を、そんなに弱いやつだと思ってるのか?」
ギュビンの声が、低く震える。
「俺の光が、お前のためにあるって言ったのは嘘じゃない。お前がいない世界で、トップアイドルになろうが、国家の英雄になろうが、そんなの俺にとっては真っ暗闇と同じなんだ」
そう言って、ギュビンは強引にユジンを引き寄せ、胸の中に閉じ込めた。
ユジンは暴れたが、ギュビンの腕は鉄の鎖のように固かった。
「離せ……離してくれよ……。俺、もう限界なんだ……」
「限界なら、俺が支えてやる。お前が魔法を持ってないことなんて、俺が全部塗りつぶしてやる。誰にも、メンバーにも、国家にも、お前の一片(ひとかけら)さえ渡さない」
ギュビンの体から、さらに強い光が溢れ出す。
それはユジンを優しく包むと同時に、部屋の隅々を侵食し、影を消し去っていく。
あまりにも強すぎる愛、あまりにも一方的な救済。
「俺たちが、普通じゃないのはわかってる。魔法がないことも、俺たちが愛し合ってることも。……でも、だからこそ、俺の手を離すな」
ギュビンはユジンの耳元で、呪文のように囁き続けた。
ユジンはその温かさに抗えず、ギュビンの服の裾をぎゅっと掴んだ。
自分は、最低だ。
ギュビンの未来を奪っていると分かっていながら、この光から逃げ出す勇気さえない。
(……ごめん、ヒョン。俺、やっぱり最低だ)
心の中で繰り返される謝罪は、誰にも届かない。
二人が地下室で寄り添い合っている間も、地上では刻一刻と、彼らを裁くための準備が進んでいた。
魔法庁の紋章が入った黒い車両が、ZEROBASEONEの事務所の前に静かに停車する。
その車から降りてきた男たちの手には、あらゆる欺瞞を暴き出す『真実の魔力計』が握られていた。
ユジンの隠し続けてきた「無」が、白日の下に晒されるまで。
あと、わずか数時間のことだった。