スタジオの隅で、久しぶりに弾いてるみる。
元々ギターとキーボードしかない伴奏。
キーボードがないと、何とも不完全な感じ。
弾き語りのコード譜、どこだっけな。
ぽつぽつ弾いてたら、元貴が寄ってきた。
「懐かしいね、その曲。」
「そ、覚えてる?」
まさか元貴が忘れることはないと思うが。
「もちろん。久しぶりにやる?」
ギターを取ってきた元貴が、キーボードを振り返る。
「どうしたん?」
そうだな、そこにいるはずの人は居ないな。
お前の記憶にも、そのキーボードの前にも。
「いや…なんか違和感が。」
そうだよ、元貴、その違和感は正解だ。
思い出せよ。
涼ちゃんがいつも弾いてたキーボードの上に、ハティが座ってる。
その横に、珍しくスコルも大人しく座ってる。
フェルが足元へ現れた。
『一回が限界だ。』
返事をする代わりに、頷く。
弾いた弦に元貴のハミングが重なった。
ギターが奏でる旋律、元貴の歌声。
やっぱり、足りない。
あるはずのキーボードのメロディが、足りない。
そう思った時だった。
聞こえるはずのない、キーボードの電子音が聞こえた。
顔を、あげる。
『思い出してよ。』
ハティの声がした。
『思い出してよ。じゃなきゃ、私…。』
泣きそうな、その声。
元貴の声が、ブレた。
ギターは弾いてるのに、声だけが止まった。
「…泣いてる。」
ギターを弾く手も、止まった。
でも、キーボードの音は、止まらなかった。
「泣かせちゃいけなかったのに、泣いてる。」
「俺じゃねぇよ。」
俺を見た元貴に告げる。
もう一度、キーボードを振り返る。
「いつもそこに誰かがいた気がする。…誰が?」
「…涼ちゃん。」
俺の方が耐えきれなかった。
泣いてないだろうか。
困ってんじゃないだろうか。
案外、神にブチ切れてたりしてな。
「りょうちゃん…そうだよ、りょうちゃん。」
やっと思い出したか。
「探しに行かなきゃ。こんなの、ありえない。」
立ち上がりかけた元貴の顔に、ビタッとハティが貼り付いた。
『私も忘れないで。』
「ハティ。」
そのまま頭まで登っていく。
『もー、忘れるなんてありえないんだから。今日はここにいる!』
頭の上で器用に向きを変えて、そのまましがみつく。
「りょうちゃん…フェル!いるんだろ!」
思い出したようで、何より。
『やれやれ、思い出したら思い出したで、騒がしいな。』
フェルがゆっくりと元貴の前に座った。
『どうなってんだよ、なんなんだよ、お前がいたのに、どうしてこうなってんだよ!」
『我とて、全能ではない。力が及ばぬ範囲で起きたことまで防げぬ。知恵は貸せるが』
まっすぐ元貴を見て、フェルが告げた。
『取り戻しに、行くか?』
「当たり前だろ!」
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