テラーノベル
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ほどなくして送迎車が到着する。車から降りてきた真理子は、柊吾の顔を見るなり、すべてを見透かしたように目元をふわりと緩めた。
「あら? 随分、機嫌がよさそうだけど。何かいいことでもあったの?」
「えっ……!? い、いいことなんて、別に……っ! 普通だよ、普通!」
図星を突かれ、声が裏返る。隣では、瑞樹が「ふふ」と喉の奥で小さく笑っていた。
送迎スタッフの女性と真理子が二言三言と言葉を交わす傍らで、瑞樹はもう一人の同僚らしき女性職員とも、施設内での何気ないやり取りを続けている。
会話の内容までは聞き取れない。ただ、専門用語を交えながら淀みなく相槌を打つその横顔は、いつもの甘い雰囲気を欠片も感じさせない、きっちりとした「仕事の顔」だった。
(……頼もしいな)
自分の知っている甘さも意地悪さも、今の瑞樹からは微塵も滲まない。プロとして誰かの隣に立つ彼を見つめていると、誇らしさに似た熱が、胸の奥へじわりと広がっていく。
「隣に住んでるとは聞いてたけど、随分仲がいいのね?」
女性職員が、にやにやとからかうように瑞樹へ声をかけた。柊吾はぎくりと肩を跳ねさせる。
「たまたま今日、休みだったので」
瑞樹はあくまで平然と、涼しい顔で受け流す。声のトーンも表情も、さっきまで耳元で「少しだけ」と甘く囁いていた男とは、まるで別人のよう。
(……すごい。全然、顔に出さないんだ)
自分だけが百面相を浮かべ、挙動不審になっていることが急に恥ずかしくなった。誤魔化すように視線を逸らすものの、頭の中では、五分前に交わした口づけの熱がいまだに燻っている。
(……ずるいよ、黒瀬さん)
やがて送迎車は角を曲がり、見えなくなった。
先に部屋へ向かう真理子の背中を確認すると、瑞樹がそっと柊吾の耳元へ顔を寄せる。
「じゃあ、俺は自分の部屋に戻りますね」
「あ、うん。今日は本当にありがと――」
「……愛してます、柊吾さん」
「……ッ〜〜〜〜!?」
お礼を言いかけた唇を、あまりにも軽やかな言葉が塞いだ。
瑞樹は、いたずらが成功した子供のように満足げに目を細める。ひらりと手を振ったかと思うと、そのまま303号室のドアの向こうへ消えていった。
取り残された柊吾は、燃えるように熱い両耳を手で覆う。崩れ落ちそうになる膝を、どうにか叱咤しながら、先に戻った真理子の後を追った。
#婚約破棄
霞花怜
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コメント
1件
わあ、もうもうもう、最後の「愛してます」の一撃が…!柊吾くんの耳、真っ赤になりすぎて心配になるレベルですね(笑)。真理子さんに図星つかれて慌てるところも、瑞樹さんの仕事モードとのギャップも、全部ツボでした。特に「ずるいよ」と心で思う柊吾くんの心情がもう…甘い。かんなさんの描く距離感の縮め方が本当に絶妙で、読んでるこっちまで照れます。続き、気になります〜!