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図書室の奥、窓際の席。加藤と奏が向かい合って座っているのを確認し、俺は真正面には行かず、三列ほど離れた通路側の席に腰を下ろした。
距離は話し声が届くか届かないか、ぎりぎりのライン。視線は手元の本に落とす。だが、ページの隙間から二人の姿をしっかり捉えた。
奏は笑い、ときに少し困ったような顔をしながら、積極的に会話に応じる。加藤はその変化をひとつも取りこぼすまいと、正面から見据えていた。
(……やはり、いつもどおりだ)
一見、先輩と後輩のただの雑談。しかし加藤の間合いの取り方や、何気なく差し込む「もっと話したい」という空気――そのすべてが相手の警戒心を解きつつ、距離を詰めるための動きに俺には見えた。
図書室に入ったとき、加藤とは一瞬だけ目が合っている。俺の存在には気づいているはずなのに、一度も視線を寄こさない。まるで、最初から俺など存在しないかのように。
(――裏がいるとしても、ここでは匂わせないか)
自然体を装い、奏だけに集中する加藤の姿。1年のクセに、装うにしては完成度が高すぎる。あまりに「自然」すぎて、不自然さが際立つ――そう思わせるほどに。
奏の笑顔が、加藤の目にゆっくりと映り込んでいく。その瞬間、なにかを計測するような静かな満足が彼の表情にハッキリと滲んだ。
ほんの一瞬、胸がざわつく。――奏を取られるなどという感情を、俺は必死に押し殺した。
ページを閉じても、耳は二人の会話を拾い続ける。加藤の声は落ち着き、時折ほんの少しだけ甘さを帯びる。そのたびに奏は微妙な間を置いて、戸惑いを含んだ返事を返す――それは完全な拒絶ではない。
(……奏も気づいているはずだ。コイツがただの“後輩”じゃないことに)
しかし加藤は、一歩も踏み込みすぎない。まるで「焦るな」と誰かに命じられているように、完璧な距離を保ち続ける。慎重さが逆に、背後の存在の濃さを物語っていた。
その後も監視を続けていると、机の上で加藤の指が一定のリズムを刻む。無意識のようでいて、どこか訓練めいた規則性を感じさせる動きだった。しかも時々ポケットの中に指先を潜らせ、なにかを押すような小さな動きがあった。クセにしては、あまりにも間隔が正確だった。
(もしかして……今この瞬間、誰かと繋がっているのか?)
引っかかりを胸の奥に沈める。
(――直接揺さぶるのは、まだ早い。泳がせる価値はある)
俺は背もたれに体を預け、視線を二人から外した。今突っ込めば裏を刺激し、糸を切らせるだけになる。向こうがどう動くか――まずはそれを見る。
視界の端で奏が柔らかく笑い、加藤が静かに頷く。二人の間に漂う空気を、俺は氷のように冷めた心で測っていた。
(次は……俺の番だ。仕掛けるときは、一瞬で決める)
胸の奥で、決意が音もなく固まった。