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「で? 元カレとお揃いの財布?」

雄大さんの部屋に入るなり、言った。

笑っているが、苛立っているのが隠しきれていない。

「雄大さんは財布一つで目くじら立てるような小さい男じゃない」と、目を見て言う。

「ですよね?」

雄大さんは私の腰を抱き寄せ、息がかかるほどの距離に顔を寄せる。

「期待を裏切って悪いけど、俺はかなり嫉妬深いし独占欲も強いんだよ」

「ホントの恋人でもないのに……」

自分の言葉に、胸が痛む。

「今のお前は俺のモンだろ」

「財布は気に入っているから使い続けているだけ。元カレとお揃いなのも忘れてたくらいだし」

「ふぅん……」と、雄大さんは疑いの眼差し。

「仕事の話ですよね? 昨日のクレームは――」

雄大さんはパッと私の身体から手を離すと、じっと見た。

「な……に」

無言でじーっと見つめられ、耐え切れなくなって視線を逸らす。

頭上でこれ見よがしに大きなため息が聞こえた。

「な……何なんですか!? 財布くらいで――」

「くらい、ねぇ」

『くらい』をやたら強調された。

「営業に何しに行った?」

急に話が変わり、拍子抜けした。

「え?」

「行ったんだろ? 営業」

雄大さんが怒っているのがわかった。


黛と二人になるなと言われていたのに、自分から出向いてしまった――。


「用事があって……」

「お前、黛と絡む案件ないだろ」


私が黛に会いに行ったこと、知ってる――。


当然だ。

あんなに堂々と会いに行ったのだから。

私を探しに営業に行った雄大さんが、喫煙室にいた誰かから聞いても不思議はない。

「何しに行った」

「桜のことで……話があって……」

「どうして俺に言わない」

「それ……は……」

考えもしなかった。

「言ったよな? 助けてやるって」

私は俯き、頷く。

「言ったよな? 黛に会うなって」

頷く。

「言ったよな? 俺たちは共犯者だって」

雄大さんが私を心配してくれているのが、痛いほど伝わってきた。

「ごめんなさい……」

「俺を頼れよ」

この三年、私は私だけを頼りに生きてきた。桜のことも黛のことも立波リゾートのことも、私一人で対処してきた。


頼り方なんて……忘れたわよ――。


それなのに、『頼れ』と言ってくれる人がいることが、嬉しい。

「ごめんなさい」

「キスしてよ」

「へ?」

真剣に謝っているのにふざけた要求をされて、私は喉の奥から変な声が出た。

雄大さんはニッコリ笑って、腰を屈める。

「お前からキスしてくれたら、許す」

「はあ?」

「何だよ、嫌なのかよ」

「いや……そういう問題じゃ――」

「してくれないなら、今すぐヤるぞ」

言われて、思い出してしまった。打ち合わせ用のテーブルが目に入る。

身体が火照る。

「ヤりたくなった?」

耳元で囁かれ、心臓がスピードを上げて走り出す。

「そんな……こと……」

「キスとセックス、どっちがいい?」

どっちもなにも……仕事中なのに――!

「キス……するから……仕事させて……」

恥ずかしくてたまらない。

けれど、キスもセックスもこの部屋で前科のある雄大さんが、冗談で終わらせないであろうことはわかる。

私はゆっくりと顔を上げた。

雄大さんがニヤニヤと、私のキスを待っていた。


もうっ――!


私は雄大さんのネクタイをグイッと引き寄せた。前のめりになった彼の唇に、自分の唇を重ねる。二秒ほどで離す。

見ると、雄大さんは目を見開いていた。次第に顔が赤くなる。


なに……。

この反応……。


雄大さんは唇を手で覆い、私から身体を離す。

「仕事……戻っていいぞ」

「は?」

「行け」と言って、口を押えていない方の手で、シッシッと追い払う。

「クレームの件はどうなったんですか?」

雄大さんがハッとした。

「そうだよ! お前、これから静岡に飛ぶぞ」

「はい?」

「昨日のクレーム、先方の担当者の間違いだったんだろ?」

小学生を対象とした職業体験イベントの企画。その出展企業の一社である宇宙技術研究所が、フライヤーやインターネットサイトに表記されている申込者数が間違っていると電話してきた。私はすぐに先方に赴き、打ち合わせの記録などから担当者の間違いだったと判明した。

「はい……」

「担当者が社長の甥だと知ってたか?」

「いえ」

担当者は二十代後半の男性で、初顔合わせの時に、今回のイベントが初めての担当だと意気込んでいた。

「昨日の件が社長の耳に入ったらしくて、イベントの責任者とその上司に会いたいと言っているらしい。課長がビビッて俺が同行することになった」

私の直属の上司である佐々課長は、適任者がいないために不本意ながらに課長に昇進してしまった。

私はため息をついた。

「最近、課長が可哀想に思えるんですけど……」

課長は現場主義の四十一歳。主任だった頃はかなり熱く、大きなイベントをいくつも成功させた。出展を渋る人気レストランに毎日通い詰めて、全メニューを制覇し、その熱意で出展を承諾させたことは有名な武勇伝だ。

けれど、デスクに座り、部下の報告を聞き、承認印を押すようになって二年。五歳は老け込んだ気がする。

飲むと必ず言う。現場に帰りたい、と。

「スポンサーにも食って掛かるような人だったのに、出展企業の社長にビビるとか……」

「自分の不始末には平気で辞表を書ける人だったんだけどな」と言って、雄大さんもため息。

佐々さんは雄大さんの先輩で、雄大さんが佐々さんを差し置いて昇進を始めたのは佐々さんの後押しがあったからだと聞いたことがある。

「ま、とにかく今回は俺とお前で行く。明日の朝一に本社だ。今から飛んで前泊する」

「わかりました」

「ちょうど週末だし、のんびり観光しながら帰ってこようぜ。着替え、多めに持て」

「え……」

「婚前旅行?」

「は?」

「十九時半に東京駅で待ち合わせよう。着いたら電話する」

デスクの電話が鳴り、私は一礼して部屋を出た。

共犯者〜報酬はお前〜

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