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現実は厳しい。
新幹線の中では、会話らしい会話はなかった。
到着までの一時間ちょっと。私は終始パソコンと睨めっこしていたし、雄大さんは電話していた。
静岡駅の次で降りて、ビジネスホテルにチェックインした。私と雄大さんの部屋は隣。
荷物を置いてから、近くのファミレスで遅い夕食にした。雄大さんは落ち着いて飲み食いできるお店にしたかったようだが、私は仕事があるからと言い張った。
「初めての旅行なのに、ムードねぇな」と、雄大さんは不機嫌そうに呟いた。
「仕事です」
「で? どんだけ仕事持って来たんだよ」
「無理ですよ」
「何が?」
「ナニが」
雄大さんはドリンクバーのアイスコーヒーをすすった。
「部長様が手伝ってやろうか?」と、下心ありありに言う。
「無理って言ったのは、仕事が理由じゃありません」
生理だから。
出張準備をしに家に帰った時に始まったお陰で、慌てずに済んだ。
「ああ……」
雄大さんは事情を察したようで、小さく舌打ちした。
「と言うわけで、出張中は私に構わないでください。明日は絶不調だと思ってください」と、宣言した。
「重い方?」
「今回は」
「なのにステーキ?」
私が二百グラムのステーキセットを注文した時、雄大さんがビックリしたのはわかっていた。
「だからです。明日は食べられないかもしれないので」
「大変だねぇ」
「そう思うなら、とにかく構わないでください」
「はいはい」
私がステーキを平らげるのを見て、雄大さんはなぜか楽しそうだった。
翌朝。
宣言通り私は絶不調だった。
昨夜とは打って変わって白湯しか飲まない私を、雄大さんは心配そうに覗き込む。
「薬は?」
「飲みました」
「大丈夫か?」
「大丈夫ですよ」
雄大さんはそれ以上、何も言わなかった。
電車で四十五分。タクシーで二十分。ようやく目的地に到着した。
宇宙技術研究所本社は、宇宙ロケットや自衛隊用ヘリの部品を製造していて、敷地に数棟ある工場はただただ広かった。
「すごい……ですね」と、私は呟いた。
「初めてか?」
「はい。部長は来たことがあるんですか?」
「ああ。一度な」
入口の守衛所で身元を明かすと、五分で迎えの車が来た。なにせ、本社ビルは目視で確認できないほど遠く。
「お待たせしました」
真っ赤なワーゲンから降りたのは、長身でスレンダーな女性。恐らく百七十センチ以上。ベリーショートの黒髪は、中性的な印象を与えた。
「お久し振り。槇田さん」
女の勘とは恐ろしい。
その第一声と、彼女の雄大さんを見る目でわかってしまった。
元カノだ――。
「久し振り。本社勤務だったのか」
「一応ね。実際にはほとんどいないけど」
「相変わらず、飛び回ってるんだな」
彼女を見る雄大さんの顔が見れず、私は女性の肩の向こうを見ていた。
「彼女が那須川さんね」
「ああ。那須川、彼女は春日野玲さん」
雄大さんに紹介されて、私は彼女を見上げた。
「今回のイベントを担当しています、那須川馨です」と言って、名刺を差し出す。
「社長補佐の春日野です」と言って、彼女も名刺を差し出した。
「社長補佐? 出世したんだな」
「名ばかりよ。さ、乗って? 社長がお待ちかねよ」
雄大さんは迷いなく助手席に乗り込んだ。
私は雄大さんの後ろに乗り、窓の外を眺めていた。
「急にお呼び立てしてごめんなさいね」
「いや。けど、用件は?」
「社長が那須川さんに会いたがって」
「那須川に? 社長の甥の件か?」
「ええ。詳しくは社長から話すわ」