「はああああああっ!」
ピアーニャの巨大な攻撃を防ぐべく、球体型バリアに魔力を集中、向かい来る巨大な白い球を食い止める。
遠慮のない巨大な自爆攻撃から身を護る為には、ネフテリアの魔力だけでは普通に防御しても弾かれる。ピアーニャの実力をよく知っているネフテリアは、さらにインパクトの瞬間を狙ってバリアの魔力を弾けさせ、弾き返す気持ちで『雲塊』を睨む。
タイミングがずれれば確実に弾き飛ばされる。完璧なタイミングで防御したとしても、ちゃんと防げるかどうかもわからないピアーニャによるヤケクソの巨大な攻撃。そんな極限状態は、ぶつかる瞬間、周りの時間がゆっくりに見える程までにネフテリアの集中力を高めていた。
そして巨大な球がバリアへと接触する瞬間、一気に魔力を放出する!
「うりゃ」
「おぴょっ!?」
ネフテリアが発したのは、叫び声でも掛け声でもなく、変な鳴き声だった。
なんと集中していたネフテリアの脇腹を、ピアーニャが一番大事なタイミングで突いたのだ!
空中で驚き、変なポーズになって固まるネフテリア。
集中力が完全に途切れた瞬間、バリアと足場は一気に脆くなり、ピアーニャの攻撃によってあっさり壊れてしまった。
「ぅひ?」
集中し過ぎていたせいで突然のアクシデントへの対応力がマイナスに振り切っていたネフテリアは、バリアが壊れた瞬間も何が起こっているのか分からない。球体との接触の瞬間にも変な声しか出せなかった。
そしてそのまま後方へと弾き飛ばされた。
「あばああああああああ!?」
それでもピアーニャの手を離さない執念だけは残っていた。
2人まとめて飛ばされた先にあるのは、ピアーニャの実家。その前にはルミルテの『雲塊』が待機している。
「んもう、危ないわねぇ」
2人が飛んでくる直線状に、大きくした『雲塊』を配置したルミルテ。少し困ったような、微笑ましいものを見るかのような笑顔になっている。
そのまま突っ込んだ2人は、思いっきり『雲塊』にめりこんだ。
普段はピアーニャが硬くして使っているが、そもそもが変幻自在の雲なので、柔らかくする事も可能。今回は大きなクッションとして2人の体を受け止めたのである。
勢いを完全に緩和したところで、クッションを解除。思いっきり突っ込んだネフテリア達は、クッションによって誘導され、屋敷の中に転がり込んだ。
「はひ…目が…まわぁ~……」
「う~……ぐぅ……」
普通の不意打ちよりも酷い仕打ちを受けたネフテリアは、目を回して気絶した。
その隣でヨロヨロと立ち上がったピアーニャ。
(うぅ…キゼツなどしたら、そのスキにかーさまにきせかえられる……)
キッと入口を睨むと、そこにはニコニコ笑顔のルミルテが、幼児服を持って立っている。
「捕まったのになかなか思い切った事するわね~」
「まだまだテリアにはまけん。それより、わちはかったぞ。もうそれをきるヒツヨウはないとおもうが?」
ピアーニャの事を任されたネフテリアは撃退した。一応勝負には勝ったという事を主張して、幼児服の着せ替えを諦めてもらえたらという賭けに出た。幼児服を避ける為なら、あらゆる手段を講じる必要があるのだ。
少し考えたルミルテは、ふぅと息を吐き、幼児服を持った手を下ろす。
「仕方ないわねぇ……今回は私達の負けでいいわ。でも覚えておきなさい。たとえ私とネフテリア様が諦めても、第二第三の──」
「そーゆーのはいいから! このことはコレでおわり! もうつかれた……」
緊張がようやく解け、疲れを露わにしたピアーニャはそのまましばらく休憩し、部屋に向かってトボトボと歩き出した。
ルミルテも警戒態勢解除を傍にいるメイドに伝え、屋敷を囲んでいるメイド達を解散させた。そのままピアーニャと一緒に移動、ネフテリアを運び始める。
「さて、そろそろアリエッタちゃん呼んでおやつにしようかしら……あら?」
「ん? かーさまどうし……」
廊下を歩くピアーニャ達の前に、アリエッタが現れた。その表情は、かなり暗い。
「あらあら、なんだか元気ないわねぇ? 何かありました?」
「えっと、さっきトイレにいこうとして……」
流石に人様の家で粗相をしたのはマズイと思ったミューゼは、包み隠さず話した。
「──というわけで、お風呂に行ってサッと洗ってあげたんですが、すっかり落ち込んじゃって」
「ええ分かりました。転んだときに怪我とかしなかったですか?」
「あ、はい大丈夫です」
ルミルテは子供の粗相で怒るような母ではない。むしろ心配事は別にあった。
「……何か困った事とかはありませんでしたか?」
「えっと……」
ミューゼは遠い目で、その時の事を思い出していた。
──外でピアーニャが暴れている頃の屋敷のトイレ前。
「まだまだぁっ!」
「こんなところで……諦める訳にはいかないのよ!」
弾き飛ばされた黒髪メイドが辛うじて足で着地し、摩擦を使ってブレーキをかけた。
「いいえ諦めなさい」
なんとか体勢を立て直した黒髪メイドに向かって跳躍した赤髪メイドが、空中で攻撃態勢をとった。『雲塊』を小さな球体のまま構えている。
屋敷の中では基本的に『雲塊』の拡大使用は控えるようにという、メイド内のルールがある。そのルールに沿って、小さな球体のまま操るのだ。
赤髪メイドがそんな『雲塊』を振り下ろそうとした瞬間、さらに別の声が廊下に響く。
「アナタもね」
「!」
後ろから声が聞こえた瞬間、反射的に床に伏せる黒髪メイド。その頭上を、何かが凄い速さで通り過ぎた。
ドフッ
「か…はっ!?」
別の『雲塊』が、赤髪メイドの腹にめり込み、弾き飛ばす。それを見ていた黒髪メイドの背後から、紺髪メイドが襲い掛かった。
「これでっ!」
先程飛ばした『雲塊』はまだ遠い。黒髪メイドの上で合流し、一気にトドメを刺す気のようだ。
しかし接近したその時、黒髪メイドが勢いよく振り返りながら立ち上がる。その掌の前には『雲塊』があり、回転していた。
「私が諦めるのを……」
そのまま体を捻って、手を突き出す。その先にあるのは紺髪メイドの腹!
「諦めなさいっ!」
見事に決まったその一撃は、紺髪メイドを思いっきり吹き飛ばした。遠くまで飛び、床をバウンドし、ゴロゴロ転がってようやく止まる。そして紺髪メイドは完全に気を失った。
「え~…っと……」
こんな無駄に激しい大乱闘を間近で見ていたミューゼ。こんなのを子供に見せてはいけないと、泣きべそをかくアリエッタを抱きしめて見せないようにしながら、目を点にしていた。
(もうやだこの人達……なんでこんな事で乱闘してるの?)
こんな事になった理由自体は知っているが、その行動原理が全く理解出来ないでいた。というのも血で血を洗う乱闘騒ぎへと駆り立てた理由というのが……
「こ、これでアリエッタちゃんの粗相は私の物! うふ、うふふふふ」
(だめだこんな所にいたら、アリエッタの教育に悪い! 勝手にお風呂行こうお風呂!)
いろんな意味で危険だと思ったミューゼは、ここにきてメイドに頼るのを諦め、濡れたアリエッタを抱き、冷たいのを我慢しながら風呂場に向かって走り出したのだった。
勝利をつかみ取ったメイドがその後何をしていたのかは、ミューゼ達は知らない。
「ミューゼオラ様、こちらへ。お召し物も用意しておきました」
「あ、ありがとう」
脱衣場に来ると、金髪メイドが服を準備しつつ待機していた。急いでいたミューゼは一瞬メイドを見てたじろぐも、その普通の対応を見て警戒を解く。
ミューゼによって服を全て脱がされたところで、アリエッタが気が付いた。
「ふぇ?」(あれ? なんで裸?)
羞恥によって泣いていたせいで、周りが一切見えていなかったのである。体に張り付いていた服が無くなった事がきっかけで、少し冷静になったのだが……。
「みゅ、みゅーぜ!?」(なんで脱いでるの!?)
そのわずかな冷静さは、一瞬にして消し飛んだ。そしてミューゼによって風呂へと連れていかれる。まだ昼ということもあり、浴槽を使わずに短時間で汚れた体を洗い流されるのだった。その際ミューゼの手によって下半身を集中的に洗われたせいで、恥ずかしすぎてまた泣きそうになったのは余談である。
風呂場に来るまで焦っていたミューゼは注意する事を怠った。なぜ金髪メイドが風呂と服を用意していたのかを。なぜ2人の服が濡れているのを知っていたのかを。
「ふふふ……アリエッタちゃんの出汁が滲みこんだミューゼオラ様のお召し物……これ程の贅沢品は見た事がないわ。トイレ前を見逃してまで待ち伏せした甲斐があったわね」
ミューゼとアリエッタの服を…特にミューゼの下着を大事そうに抱えながら、金髪メイドは洗濯をしに洗濯室へと向かうのだった。ゆったりとした足取りで遠回りをしながら。
「……このイエ、ヘンタイしかおらんのか?」
「失礼ね。欲望に忠実な子が多いだけよ」
ピアーニャのツッコミは、ルミルテによって言い直された。
「まぁそういう事で洗ってあげても凹んでたままだったんだけど、総長がいてくれて助かりました」
「わちはたすかってないぞ! なんでけっきょくキセカエられてるんだ!」
「ぴあーにゃ~♪」(うんうん、かわいいかわいい♪)
ピアーニャの部屋へ移動し話をしていたが、なんとアリエッタによってピアーニャの着せ替えが完了していた。
ネフテリアには力ずくで反撃していたピアーニャも、落ち込んでいたアリエッタに対しては強く出る事は出来ない。結局逆らう事も逃げる事も出来ないまま、例の幼児服を与えられたのだった。
「うぅ…わちはテリアにかったんだぞ……」
苦労と勝利が一切合切無駄になり、可愛い服を着てアリエッタに抱っこされて撫でられる総長。もしかしたら最初から諦めていた方がダメージは軽かったかもしれないと思ったが、後の祭りである。
「もういやだ! かえるぞ! ファナリアにかえる!」
我慢の限界を超えた事で、次の日にファナリアに帰る事がいきなり決定した。
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