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あれから一週間・・・・
くるみは電話が鳴る度、LINE通知が来る度、洋平だと思ってスマホに飛びついたが彼からは一切連絡はなくなった
そして日曜日の朝、玄関ホールのインターフォンに映る、母の嬉しそうな姿を見た時、くるみはうなだれた
「今日は休日でしょ♪出かける前にあなたを捕まえられてよかったわ。どう? ハンサムなフィアンセとは上手く行ってるの?今日は目星をつけているレンタルドレス屋さんを三件回りましょう!まだずいぶん先だけど、あなた達の結婚式用にお母さん髪型変えたの?どう?似合う?」
カーキ色の上品なコートに、バッサリ髪をショートカットにした母が、ハツラツとくるみの部屋に入って来た
彼の事を母に言われて、また心がズキンと痛んだ、彼ほど魅力的な人はいない・・・
つい先週は朝まで二人で愛し合って幸せの絶頂から、数時間後には奈落の底に叩き落された
もう二度と彼には会えない・・・・
「まぁ!くるみ!どうしたの?」
母の声にハッとしてくるみは顔を上げた。母はくるみの前にしゃがみ、顔を両手で挟み何かを確かめようとしている
幼い頃に熱を出した朝、父に診察してもらうかどうかを確認している母の顔だ
「何かあったの?」
優しさに満ちた母の豊かな声を聞き、こらえていた涙がハラハラくるみの頬をこぼれ落ちた
「彼とは別れたわ・・・だからもう結婚式はないのよ・・・お母さん・・」
こんな簡単な言葉を言うのに、これほど心が痛いなんて、くるみはワッと泣き崩れた
「結婚しない!? また!なぜ?」
母の叫びが絶望に震えた
「くるみ!渉さんほどの人物なら、あなたみたいに気難しい子だって文句はないだろうと思ったのに、何か行き違いがあるんじゃないの?渉さんは素敵で親切な人じゃないの」
ひっく・・・・「そうね・・・素敵な人だわ・・・でも渉さんじゃないのよ・・母さん・・・彼は佐々木洋平君と言うの・・・・」
「ええっ?渉さんが佐々木洋平さん?億万長者は嘘なの?」
うわぁ~~~ん「億万長者は本当だけど、私の愛した人は貧乏役者の洋平君の方なのよぉ~~~~(泣)」
「いったい訳がわからないわ!役者?億万長者?どっちなの?」
自分に抗議するように目に飛び込んで来る、洋平が掲載された雑誌を母に見せる
億万長者の佐々木洋平・・・仮想通貨界の貴公子・・・
洋平君の正体はくるみが作り出した想像上の(億万長者五十嵐渉)の以上の人物で
そして今は自分を金持ちの男を落とすためには、手段を択ばない、卑しい策略者と思っている
くるみはしゃくりあげて、後から後からこぼれて来る涙をぬぐった
この一週間嵐のように激しく涙を流したのにその度太陽が昇ったらもう泣かないと誓っているのに、まだこんなに涙が溢れて来る
「・・・・どうやら結婚がダメになったと言うだけじゃなくて、まだ他に私に言う事がありそうね・・・・」
母は涙でくるみの頬に張り付いた髪を、そっと払った
ヒック・・・・「私・・・酷い顔してるでしょ?」
じっとくるみを見つめる母の瞳の奥で、何かが煌めいた
「私のくるみはずっと可愛いままよ」
母に何か言い訳を考える事もできるけれど、もうこれ以上嘘はつけなかった
そしてくるみは思いきって、母に真実を全部打ち明けた。真実を知らせたからといって、今までの様にに嘘で母をごまかすより悪い結果にはならないだ ろう
「最初は・・・軽い気持ちだった・・・母さん達を安心させたかったの・・・だから彼を売れない俳優だと思って・・・報酬を払って・・・受け取ってもらえなかったけど婚約者の役をやってもらったの 」
「億万長者じゃなかったら転職先は決まったわね、まんまと私達も騙されたわ・・・ 」
グスッ・・・「洋平君は私の話を聞こうともしないの・・・私を信じていないのよ・・・私がお金目当てで彼に近づいたと思ってるの、私が彼を騙して家族ぐるみで結婚詐欺を働いたって思っているのよ」
そこまで言うとくるみは母親が、自分に向かってお説教をするのを待った
(あなたがもっとちゃんとした態度を取っていれば彼は今でもあなたを愛していた)
などと母の長い説教が始まると思っていた。しかし母は、くるみの一部始終の話を聞いてとても憤慨した
「うちの娘がお金が目当てで近づいた、ですって?彼は何でまたそんなとんでもない誤解をしたの?私の娘に限ってそんな訳がないでしょう!」
くるみは母の意外な言葉を聞いてハッとして見つめた
「あなたと会って五分も話せば、 誰だって、あなたが地位や財産で、人に興味を持つ人間じゃないってことぐらいわかるはずだわ!」
母は怒りを露わにした
「私に言えるのはね!くるみ!よくぞ、そんな男と別れたって事よ! 本当にまったく! あなたを信用できないなんて、それもつまらないお金のことで!! 」
パンッと母はテーブルに雑誌を放り投げた
「世の中にはお金よりも大切な事があるわ!彼はお金を持ちすぎて、そんな事も分からないようになってしまった!こんこんちきの、ろくでなしで!とーへんぼくで!バカ男で!とにかくっ!そんな男にうちの可愛い娘を嫁に出さないでよかったわ!別れて正解よっ!」
くるみは意外にも母が憤慨するので、びっくりして涙がひっこんでしまった
あまりにも母が頭から火を吹いたように、カッカッカッカッするので、思わず笑いをクスリと漏らした
「お母さん・・・嘘ついてごめんなさい・・・それとありがとう・・・・」
「何がありがとうなの?」
「ほんの一瞬でも私が・・・・お金目当てに彼と結婚を企んでいると思ってくれてなくて・・」
「思うわけないでしょう!!お父さんとお母さんはあなたを誇りに思っていますよ!あなたは責任感があって、正直で、思いやりのある娘に育ったわ!麻美とは全くタイプが違うけど、あなたはどっちかと言うと私の血を濃く牽いでるわね、まぁ・・ちょっとお母さんも反省したわ、心配してるつもりであれこれと突ついた事があなたをそれほど追い詰めていたなんて・・・」
ふぅ・・・と母はひとつため息とついた
「さぁ!こんな時こそお買い物にいきましょう!結婚式の準備じゃなくね!自分の為に何か素敵なものを買うのよ!明日も頑張って生きて行けるような!辛い恋を乗り越えた自分へのご褒美よ!」
スタスタと母は立ちあがって窓を開けた
爽やかな風がくるみの部屋に入ってきた、その風はまるで母のように潔く、心地よかった
「どんどん買い物をして、とびきり素敵なレストランでランチを食べるのよ!なんなら海へ向かってバカヤローと叫ぶのを手伝ってあげてもいいわ、私が紅茶を入れてあげるから顔を洗ってらっしゃい」
母はいつものようにくるみが何か言う前に、お湯を沸かし始めた
やっぱりくるみはこんな母のおせっかいをありがたいと思った
思春期の時はそんな母を疎ましく思った時もあったけど
いつだって母は家族の司令塔だ、どっちの方角へ進めば良いか示してくれる
くるみも洋平の事を思い悩んで、いつまでもウジウジしていても何も解決しないと思った
今日一日は母と一緒に出掛けよう、自分に思いっきり贅沢をするのを許そう
そしてまたあの寂しい夜が来たら、一人で泣けばいいのだから・・・・
・:.。.・:.。.
くるみがバスルームで身支度をしている時、母はソファーに座りパラパラと「ナショナル・ジオ・グラフィック」をめくり
そして洋平の記事をパシャリとスマートフォンで撮影した
「佐々木・・・洋平・・・」
そうつぶやくとキッと母は宙を睨んだ
・:.。.・:.。.
【大阪市内・洋平の暗号資産事務所】
クドクド・・・「・・・で・・・昨日の銀行のデジタル資産部門の最高利益は1$154円の高値で終わり・・・ 」
くるみと奈良観光の懐石屋で偶然会った、洋平の会社の暗号資産開発エンジニア「荒元」が一生懸命タブレッドを洋平に見せて説明している
「ですからラビットコインはルクセンブルグの暗号資産取引所で一番最後にローンチされまして・・・」
その向かいで洋平の祖父に丁寧に説明しているのは、やはりあの時懐石屋で一緒にいた「松田」だ
「ステーブルコインと同様の立ち上げに今が一番理想的でして・・・あの~?ジュニア?どこが具合でも?・・・」
あまりに素っ気なく右から左に、状況説明を聞き流している洋平を見かねて荒元が洋平に尋ねる
洋平の視線は、大きなビジネスチェアに長い脚を組んで座り、三枚仕立てのデスクトップモニターを突き抜けてその向こうの窓の曇り空を見つめていた
そしてみんなが驚くほどの深いため息をついた
向かい合わせの机に座っている祖父も、エンジニアの松田や荒元もどうでもいい
心はくるみとの喧嘩の記憶に常に引き戻されている
事務所内は壁に掛けられた大きな株価チャートのモニターだけが忙しく動いている
ホッホッホッ・・・「どういう訳かうちの孫は先週の日曜日から、すっかり、ほれ、この通り!腑抜けになってしまっておるでのぅ~まるで空気の抜けた風船じゃ!それで?荒元君!要するに孫がすこぶる気にしていたRV(世界通貨の再評価)は速まるという事かの?」
洋平の向かいの応接デスクに座る祖父が、書類をめくり、笑いながら言う
「ハイ!それはもう!私達が待ち望んでいた瞬間です!」
「ディナールが始まればすぐにもその波は日本に来るでしょう!ええ!本日の午後にも!」
ホッホッホッ「めでたいのう~株式は終息を告げ!世界共一のデジタル通貨の誕生じゃの!」