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私とチャールズは一日中トゥーンの雑貨屋を巡り、家族の土産を買うことが出来た。
クラッセル子爵には流行りの焼き菓子、マリアンヌにはおそろいのガラスペンを買った。
マリアンヌはなんでも私とおそろいにしたがる。今は元気がないけれど、私からの贈り物だと手紙に添えたらきっと喜んでくれるはず。
二人で町を歩いていたら、夕方になっていた。
私たちは一緒に学校へ帰る。
「いい買い物が出来たね」
「あの、やっぱり代金はお支払いします」
「いいんだ。俺の命に比べたら安いものさ」
家族の土産の代金は全部チャールズが支払ってくれた。
学校に帰ったら代金を支払うと言っているのに、チャールズは受け取ってくれない。『俺の命に比べたら』と彼は口癖のように言っているが、私はマジル王国の料理をご馳走になったり、彼の一学年で使っていた教科書を貰ったりと沢山のものを貰っている。この上、家族のお土産代まで払わせるのは悪いと私は思っている。
「その、私の家族のものをチャールズさまに買っていただくのは、ちょっと違う気がして……」
「……それもそうか。だったら、マリアンヌが手に持っている品物の代金は貰おう。だけど、レストランで食べたものの代金は俺の気持ちってことでいいかい?」
「はい。いつもご馳走していただき、感謝していますわ」
土産代だけは支払う。チャールズとそう約束した。
「明日の昼食の時にお返ししますわ」
「ということは……、明日もマリアンヌに会えるんだね!」
お金はすぐに支払ったほうがいいとクラッセル子爵に教わっていたので、つい、『明日』と口にしてしまった。これではチャールズが用意してくれるマジル料理目当てになっているじゃないか。
チャールズとの食事はとても楽しい。彼に婚約者がいなければ、ときめいていただろうに。
「マリアンヌ」
「は……い?」
チャールズに名前を呼ばれ、彼の方へ身体を向けると視界が真っ暗になった。
彼が身に着けている甘い香水の香りと、彼の胸板の感触。彼の服越しから伝わる鼓動の音と暖かさ。
あれ、私、チャールズに抱きしめられてる!?
あまりに突然のことで、気づくのに時少し時間がかかった。
「チャールズさま!?」
私が名前を呼ぶと、抱擁が解かれた。
男の人、クラッセル子爵以外に抱きしめられるなんて初めてだ。
両頬が熱く、鼓動もドクドクと騒がしい。
「俺も、君と町に出かけて楽しかった。それは俺からのプレゼントだ」
「えっ?」
チャールズが首元を指す。私は自分のそこに触れる。
チェーンと小さな飾りの感触がした。ネックレスだ。
先ほどチャールズに抱きしめられたのは、これを私に付けるためだったのか。
男性から装飾品を贈られるなんて、まるで恋人のようだ。その好意についてはとても嬉しかったけれど―ー。
「……受け取れません。あなたには婚約者がいますもの」
「実に君らしい答えだ」
私はネックレスを外そうと首の後ろに手をかける。
チャールズは私に近づき、外そうとする私の手に触れた。
「婚約者がいたら、恋をしてはいけないのかい?」
私の耳元でチャールズが囁く。低く、甘い声音が聞こえ、私の身体が震えた。
恋?
私にはまだ婚約者はいない。だけど、婚約者のいる男性とお近づきになってはいけないという淑女のマナーは散々教えられてきた。
庶民同士だったら、”ただの約束”だと言って反故にしてもどちらかの心に傷を負うだけで済むが、貴族同士の婚約となると、そうはいかない。
早い場合、自分が生まれ性別が判明した直後から相手が定められていたりする。
大体は”両家の関係を深くするため”であり、それが破談になれば、一家に責められ、最悪家から追い出されてしまう。それほどに重い罪なのだ。
私はチャールズを突き飛ばし、彼から二歩後ろに離れた。
「その……、チャールズさまはーー」
「命を救われたあの時から、俺は君に恋をしている」
「で、でもあなたにはリリアンさまが」
「リリアンが学校を卒業したら、俺たちは結婚する。それは父上が決めたことだから逆らえない」
「でしたら―ー」
「それまで三年あるんだ。その間に、他の女性と恋をして何が悪い」
これがチャールズの本音。
きっと国内の学校ではなくて、トルメン大学校への留学を選んだ理由もそれだろう。
表向きは”婚約者と同じ学校に通いたい”と言い、本当は、恋愛をしてみたかったのだ。
その相手が、リリアンであったなら丸く収まるのに。きっとチャールズは彼女のことが心底嫌いなのだろう。
チャールズが相手に選んだのは私。溺れていた彼を助けたマリアンヌ。
マリアンヌは……、きっとチャールズの想いにこう答えたはずだ。
「悪いです、とっても悪いことです!」
「君は恋も経験せずに、親に勝手に決められた相手と形式的な結婚をするというのかい?」
「はい! お義父さまは素敵な殿方にめぐり合わせてくれますわ。リリアンも……、いづれは素敵な淑女になれると思います。それにはチャールズさまが、貴方が心を開かないとーー」
「……前も君にそう言われて振られたね」
やっぱり。
マリアンヌはチャールズから愛の告白をされていたんだ。
三年後、リリアンと結婚するのに、その間恋人になってほしいという身勝手な告白を。
マリアンヌはそれをきっぱりと断った。きっと、昼食の誘いも断っていたはずだ。
だから、私、ロザリーの存在もチャールズは知らなかった。
それできっぱり諦めてくれれば、リリアンがマリアンヌを虐めるという事態にならなかったはず。だけど、チャールズはマリアンヌを諦められなかった。
「親に決められた相手、君にはそういう存在がいないから俺の苦しみが分からないんだ」
「……」
屋敷に帰って来て、マリアンヌがクラッセル子爵に『お父様が決めた殿方と結婚する』と言い出したのは、チャールズの影響があったからなのかもしれない。
だけど、これだけでマリアンヌはピアノをやめるとは言わない。原因は別にあるんだ。
「俺は君を諦められない。だから、そのネックレスは持っていて欲しい……」
「……分かりましたわ」
私はペンダントのトップの部分をぎゅっと握る。
「私とチャールズさまは、いい友人になれると思います」
「はは、友人か。君との仲が縮まって良かった」
チャールズの好意を振り切るのは困難を極めそうだ。