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それから四年の月日が過ぎた。海上、航空兵力に壊滅的な被害を受けた世界各国は国際紛争を一時凍結し、国際連合の下でクラーケン殲滅のための軍事共同体を創設した。国連は世界をいくつかのブロックに分け、各ブロック内の国家が共同でクラーケンに対抗できる国連直属の海軍を創設する事を決定した。
だが経済的に疲弊しきった各国の作業は思うように進まず、わが物顔で海を動き回るクラーケンによって世界中のシーレーンが定期的に途絶。また原子炉を動力源とする軍艦はクラーケンの格好の餌にされる危険が高いため、世界最強の軍事力を持つ米国ですら建造は遅れに遅れていた。
クラーケンの襲来から一週間後、常盤美奈が録音していたエルゼとラーニアの声のデータが国連の研究機関に提出され、彼女たちがクラーケンの飛来を驚くべき正確さで予言していたことが確認された。
それが何故なのかまでは分からなかった。科学者たちは彼女たちに施された異例の医学的措置が超自然的な能力を目覚めさせたのではないか、などと言ったが単なる憶測の域を出る物ではなかった。
美奈はそれから三カ月後に日本への帰国命令が出て、彼女たちに別れを告げた。エルゼとラーニアは、そのままエルサレムの病院で厳重に保護される事になった。いつまた彼女たちの予言が役立たないとも限らないからだ。
帰国した美奈が見た自衛隊の惨状は想像以上のものだった。海上自衛隊の戦闘用艦艇は五割の損失だった。太平洋側に展開していたヘリ搭載型護衛艦はほぼ全滅。その中にはやっと四隻全てが就役したばかりの、最新型ステルス護衛艦「あきづき型」が全て含まれていた。
防衛省は予定されていなかった「あきづき型」の五番艦の建造を急きょ決定。クラーケンがレーダーに似た機能を持っている可能性が指摘されていたため、その五番艦「おぼろづき」はよりステルス性を高めた設計になった。
が、おぼろづきは新設される国連海軍の構成艦ではない。どの国がどんな軍艦を建造しているかは、各国の軍隊でも一部のトップクラスしか知らない機密事項だった。
さらに人員の不足も深刻な状況だった。あれ以来自衛隊への志願者は激減し、陸上自衛隊、航空自衛隊は就職難のせいもあり、そこそこ新入隊員を確保出来ていたが、クラーケンと正面から対峙する可能性のある海上自衛隊への新規志願者は、あの事件の前の四割にまで低下した。日本政府は一時期、真剣に徴兵制の復活を検討したほどだった。
日野雄平が横須賀での惨劇の時乗艦していた「ひゅうが」型護衛艦は搭載ヘリ全機を含めて炎上、大破。乗員百九十八名中生き残ったのはわずか三十一人。雄平は艦橋のてっぺん近くにいたため爆発の衝撃で海面に投げ出され、それが幸いして九死に一生を得たらしかった。
そして2021年二月、雄平にあきづき型五番艦「おぼろづき」への転属命令が出た。ようやく再建なった海自横須賀基地では、一人のベテラン艦長が自衛艦隊司令官の執務室に緊張した面持ちで入室したところだった。
そこには日本の防衛大臣、そして米海軍の礼服を来たまだ若い女性将校が同席していた。防衛大臣がその艦長、守山昇・海上自衛隊一佐にもったいぶった口調で告げた。
「守山一佐、こちらが国連海軍の提督、キャサリン・ペンドルトン准将だ」
守山は姿勢を正してその女性将校に敬礼した。向こうも敬礼を返しながら流暢な日本語で言った。
「ハーイ! キャプテン・モリヤマ。これからの長い航海、よろしくお願いしま~す!」
「これはどうも……日本語がお上手ですな」
「私は、日系三世で~す。それもあって、この任務に抜擢されました」
そこで自衛艦隊司令官が口をはさんだ。
「守山一佐。今回の任務の重要性は既に聞いているな?」
「は! 国連海軍の集結のための水先案内と伺っております」
「うむ。そのために、わが海上自衛隊の汎用護衛艦『おぼろづき』が暫定旗艦に指定され、そちらのペンドルトン提督を護衛し送り届ける。これが君の任務だ」
「最後の航海がこのような栄誉ある任務、身が引き締まる思いであります!」
そこでペンドルトン提督が怪訝そうな表情で守山に訊いた。
「最後の航海とは、どういう事ですか?」
守山はちらりと司令官の顔をうかがい、彼がちいさくうなずいたので直接答えた。
「自分は五十四歳になります。年齢的に艦長としての航海はこれが最後になるだろうという事です」
「ちなみに……」
また司令官が口をはさむ。
「こちらのペンドルトン提督は飛び級で大学を十九歳で卒業したと言う俊才でな。五ヶ国語ペラペラ。艦隊の指揮はもちろん、情報分析能力もペンタゴンの折り紙つきだ。わずか三十二歳で准将に昇進とは、アメリカ軍の歴史でも最年少記録だそうだ」
「オー! コマンダー! 女性の年はトップシークレットで~す!」
「あ、いや、これは失礼。それで守山一佐、これが今回の乗員百八十名の名簿だ」
「拝見します」
そう言って名簿に目を通した守山の表情が少しずつ驚愕の色を帯び始めた。最後まで目を通した守山の声はわずかに震えていた。
「し、し、司令官、これは一体どういう?」
「海自は深刻な人手不足の上に、クラーケン襲撃の時に多くの士官を殉職させている。だから急きょ昇進させた士官が多いのは仕方あるまい」
「いえ、それも確かに問題ですが……半数が女性隊員とはどういう事ですか?」
司令官も困ったような顔で、ペンドルトン提督に視線をやった。
「それが……こちらのペンドルトン提督の強い希望でね。国連海軍の提督の要請とあっては、こちらも断りきれんのだ」
「失礼ですが提督」
守山は、自分の娘ほどの年齢の上官に向き直って尋ねた。
「これはどういう意図で、その……」
男たちの当惑を一切意に介さず、まだキャピキャピした感じの残る若い女性将校は答える。
「おぼろづきは、婚活用軍艦のテストケースとしても使わせてもらいま~す」
「は? コンカツ? あの、日本語の『婚活』でありますか? 最近の若いもんが、結婚相手を探すためにいろいろやるという、あの婚活の事を言ってらっしゃる?」
ペンドルトン提督は急に真面目な表情になって先を続けた。
「日本は少子化で自衛隊員のなり手がただでさえ不足してま~す。これは先進国の軍隊共通の悩みでもあるので~す。アメリカでも海軍の艦隊勤務の兵士の離婚率の高さは問題になってま~す。なにしろ、一度航海に出ると半年や一年恋人や妻と会えない事は珍しくないで~す。特に潜水艦の乗員は毎回必ず一人は奥さんに離婚されるほどで~す」
「し、しかし、任務で航海中の護衛艦で婚活とは、いくら何でも。それに今回の任務は国連海軍の水先案内という極めて重要な……それに、クラーケンと遭遇する可能性が高い危険な任務で……」
若干しどろもどろになりつつある守山の表情を面白そうに見つめながら、しかしペンドルトン提督はお構いなしに持論を展開した。
「キャプテン・モリヤマ。吊り橋理論は知ってますか?」
「は? 吊り橋理論? いえ、恥ずかしながら存じません」
「ぐらぐら揺れる吊り橋を、男女ペアで渡らせると、カップルになる確率が高まるという心理学のセオリーで~す。危険な状況を一緒にくぐり抜けた経験はカップルを作りやすいです。なら、戦闘艦艇での航海はぴったりで~す。うまく行けば日本の出生率も上がりま~す。航海の後にはハネムーン・ベビーならぬ処女航海ベビーがたくさ~ん!」
「い、いや、その、おっしゃる事は分からないでもありませんが……」
そう言いながら守山は助けを求めるように司令官と防衛大臣の方を見る。しかし防衛大臣は窓の外に目をそらし、司令官も「あきらめろ」と言う表情で最後通告を言い渡した。
「国連海軍提督閣下のご命令だ。これ以上の異論は許さん」
しぶしぶ引き受けた守山は改めて全員に敬礼し、名簿を脇に抱えて退室した。ドアから充分離れたところで、周りに誰もいない事を確かめて、守山は廊下の窓ガラスによりかかり、体の奥底から深いため息を漏らした。
「わ、私の人生最後の航海が……」
それから守山は各地の海上自衛隊基地から到着する、おぼろづきの乗組員を数人ずつ面接し着任の辞令を自ら公布した。最初に入って来たのは日野雄平と、統合幕僚監部から派遣されて今回のおぼろづきの航海に同行する事になった三十二歳の女性士官だった。一応海上自衛隊出身だが現在の肩書は統幕監部付き報道官、つまり自衛隊の宣伝をする仕事だ。
名は玉置玲奈、階級は一等海尉、他の国で言う「大尉」。女性でこの年齢で一尉とは異例の昇進と以前なら言えたが、守山以外の乗組員が全員平成生まれの若者だという事を考えると、単に海上自衛隊の人材不足の深刻さの表れでしかない事は良く分かっていた。
特に尉官、佐官クラスは全員、守山の世代の感覚では五年から十年はその階級に昇進するのは早過ぎると思える年齢の者ばかりだったからだ。
「玉置一尉。分かっておるとは思うが、君の任務は今回の国連海軍の活動を記録する事だ。戦闘中は邪魔にならないように、これだけは気をつけてくれ」
玉置は女性にしても小柄な方で下手すると女学生に見えかねない、いわゆるロリ顔だった。本人もそれを自覚しているのか、口をとがらせて一瞬何か言いたそうにしたが、すぐに思い直して大人しく敬礼した。
守山は雄平の方に顔を向けて手元の書類に目を落としながら言った。
「こちらは二十九歳で三等海佐か」
これは外国の軍では「少佐」にあたる。
「日野三佐。これは君が信じられん程優秀だからか、それとも士官クラスが致命的に不足しているからか、どっちだと思うかね?」
「は、はい……」
雄平は予想していた通りの艦長の反応に少し固くなって答えた。
「おそらく、後者ではないかと推察いたします」
「それが分かっていればよろしい。だが、君は副長、つまり私に次ぐ艦のナンバー2として乗艦する。促成栽培だからと言って容赦はせんぞ。よろしい、出航は明日ヒト・ヨン・マル・マル時、三時間前までには乗艦を済ませるように。よろしい、下がりたまえ」
守山の部屋を出て階下へ降りるエレベーターに二人で乗り込んだところで、玉置一尉がさっそく本音を吐いた。
「ああ、もう、昭和生まれってなんであんなに頭が固いのかしらね」
相槌を打つわけにもいかない雄平は話をそらす事にした。
「そう言えば玉置一尉は平成元年生まれだそうですね。なぜ広報官に?」
「ほんとは戦闘部隊志願したんだけどね、この見た目で後方勤務にされちゃったのよ。いいかげん実年齢相応に見られたいわ」
「は、はは……普通逆かとも思いますが、複雑なんですね」
そこでエレベーターが一階に着き、チンという音とともにドアが開く。そのエレベーターに乗るためにドアの前に立っていた女性士官が二人を通そうと少し後ずさった。その顔を見て雄平は思わず叫んだ。
「美奈!あ、いや、常盤一尉。なんで海自の基地に?」
「おっと、じゃあ私はこれで」
いかにも「気を利かせてやった」と言わんばかりの少女っぽい笑みを浮かべて玉置一尉がその場を去って行く。雄平と美奈はとりあえず一階ロビーの休憩スペースに移動した。
美奈はエルサレムから帰国後、陸上自衛隊の医官に配属され一等陸尉、外国の軍で言う「大尉」に任官された。雄平とは防衛大学校時代からの恋仲だが、今では年に数回会えるかどうかという遠距離恋愛になってしまっていた。話は美奈の方が先に切りだした。
「ここにいるって事は例の国連海軍の案内役の護衛艦に?」
「ああ、明日出航だ。それで陸自の医官の美奈がなぜ横須賀の海自の基地に?」
「国連海軍の提督がいるんでしょ、ここに。出発前にちょっと挨拶をね」
「出発? どこへ行くんだ? あ、提督に挨拶って事は、またエルサレムへ行くのか?」
「そう。エルサレムの病院のイスラエル人の女の子たちの事は知っているでしょ。彼女たちに付き添うのが今回のあたしの任務よ。ま、体裁のいい観察役ってとこね」
エルゼとラーニアはお互いの体をチューブで繋がれたまま、しかしそれ以外は驚くほど元気に生存していた。そしてクラーケンの出現地点を正確に予言した事が既に五回あった。なぜそんな事が出来るのかは謎のままだったが、国連も各国の政府、軍部もその予言の正確さは認めざるを得なくなっていた。
「なるほど、美奈の今回の任務も俺の任務とどこかで接点があるかもしれないわけか」
「そうなるかしらね。じゃあ、あたしはそろそろ行かないと。航海気をつけてね」
「ああ、美奈もがんばって来いよ」
翌日の午前中に艦内に持ち込める私物を入れたちっぽけな軍用リュックをかついだ、おぼろづきの乗組員が横須賀基地のドックの一つに集結していた。もちろん雄平の姿もあった。
午前九時、ドックの奥から一隻の、外国の海軍では「駆逐艦」に分類される戦闘用艦艇である護衛艦がドックに着岸した。雄平はその艦体を見上げながらその特徴を観察していた。全長百五十メートル、最大幅十八メートル強。クラーケン襲来のあの日、雄平が乗艦していた「ひゅうが」型より一回り小さい。
多分上から見た形状は普通の船と変わらないはずだ。前へ行くほど丸みを帯びて狭くなり先端が尖った艦首から少し後ろに、卓上ソース容器のような形の五インチ速射砲が一門。そこから全長の四分の一ほど下がった所に艦橋部があり、細長いガラス窓がのぞいている。
艦首主砲と艦橋の間には、四角い金属の蓋が八枚ずつ四列並んでいる。垂直発射装置あるいはVLSと呼ばれる、ミサイルの格納兼発射装置だ。戦闘時にはこの蓋が開き、ミサイルが一旦真上に飛び出しそれから目標に向かう。
艦橋の後方にはやや低い四角い構造物が少し離れて二つ並んでいる。てっぺんは排気口になっていて、この真下にガスタービンエンジンが四基装備されている。その間には海面に向かった少し傾いた角度で四本一セットの魚雷発射管が右舷左舷に一基ずつある。
船尾の四分の一ほどはエンジン上の構造物よりやや背が高い四角い構造物があった。おぼろづきはヘリコプターを搭載する事ができ、その格納庫だ。後ろ向きに開いた部分がシャッターになっていて、そこから最後部のヘリポートからヘリが離発着する。今回おぼろづきはMCH101型という三十人乗りの大型輸送ヘリを一機搭載している。
先に建造されたあきづき型四隻と違うのは、艦橋部分の上に垂直に突き出ている航海用レーダーマストの高さだった。先行同型艦の半分ほどの高さしかない。これは艦体のステルス機能を高めるためで、必要な場合はマストの先端部を上に伸ばす事が出来る。
もう一つの相違点は「ファランクス」と呼ばれる対空砲の配置だった。細長いカプセル型の制御装置の下にバルカン砲という機関銃の馬鹿でかいやつが付いていて、これが最大で一分間に四千五百発という猛スピードで弾丸をまき散らし、向かって来る対艦ミサイルなどを撃ち落とす。
おぼろづきにはこの対空砲が合計五門もあった。艦橋の窓の下に一つ、エンジン排気口のある構造物の左右舷側にそれぞれ一門。対空防御力を重視したらしい。
雄平は艦首の方に回り込んでみた。甲板の真下の艦首舷側の壁には右舷側にアルファベットで「OBOROZUKI」の艦名が白い塗料で書いてある。そして左舷側の同じ位置にはやはり白い文字で「UNN-00」と記されていた。これは国連海軍の暫定的な構成艦である事を意味する識別記号だ。
午前十時、乗組員の乗艦が始まった。事前に聞いていたとは言え、ラッタルと呼ばれる甲板から下ろされた階段から艦に乗り込んで行く人員の半分が女性という光景に、雄平はさすがにめまいを覚えた。これほど多くの女性乗組員が戦闘艦艇に乗務するのはおそらく海自の歴史始まって以来のはずだ。
そして午後一時、ペンドルトン提督が米軍のジープに送られてドックに到着した。ラッタルの登り口には「と列員」という濃紺のセーラー襟の上着に丸く平べったい白い帽子という古式ゆかしい海軍の制服姿の海自隊員が二列になって整列した。
ペンドルトン提督は例によって軍人らしからぬニコニコした笑顔を満面に浮かべながら、八人の「と列員」の間を悠然と歩いた。提督の階級は准将なので本来は「と列員」は六人なのだが、今回の任務の重要性から総理大臣か外国の軍の将軍クラス並みに八人にしたらしい。
提督を艦橋内のナビゲーションブリッジに案内するのは副長である雄平の役目だった。単に「ブリッジ」とも呼ばれる、艦長や航海長、操舵士、通信士などが常駐し窓から外を見ながら艦全体をコントロールする部屋だ。
おぼろづきは基準排水量五千トンの駆逐艦としては大型の艦だが、戦闘艦艇のスペースは武装優先なので人間用の空間は必要最低限しかない。それでもおぼろづきはコンピューター化、自動化が先代のあきづき型よりかなり進んでいるので、ブリッジも雄平が想像していたほど狭苦しい感じはしなかった。
提督がブリッジのドアをくぐると守山艦長以下全員が起立し最敬礼で迎えた。提督の席は進行方向から見て左端の一番前、窓の近くにあり肘掛け付きの革張りの椅子だった。艦長の席はその反対にある。
昔の護衛艦ではブリッジで椅子に座れるのは司令官と艦長だけだったらしいが、おぼろづきのブリッジではバーのカウンターにあるような丸い小さなストゥール型の椅子が全員分ある。ブリッジの一番奥にある作業机と海図台は跳ね上げ式ベッドのように普段は壁に収納してあり、必要な時以外は使わない。
ブリッジの各員の前にはコンピューター付きのそれぞれの作業台があり、窓の上の天井の一部は大型液晶パネルが装備してあり、スイッチ一つで開いて全員がその上に映し出される航海図、コンピューターの画像情報、僚艦との連絡などの模様を見る事ができる。
それから三十分弱、航海長が守山艦長におごそかに告げた。
「出航準備、完了しました」
守山は黙ってうなずき、席から立ち上がってペンドルトン提督に言った。
「提督、ご指示を」
提督も無言でうなずいて立ち上がり、相変わらずのニコニコ顔で、しかしそれなりに威厳のこもった口調で言った。
「国連海軍、暫定旗艦おぼろづき、出航しま~す!」
守山は振り返ってブリッジの全員に響き渡る声で命令を発した。
「おぼろづき出航、微速前進!」
航海長が復唱する。
「微速前進!」
かすかにエンジンが振動する音がブリッジ内にも響き、雄平は手が空いている乗組員全員を引きつれて甲板に出た。右舷に女性乗員を左舷に男性乗員を艦首から艦尾までずらりと一列に並ばせる。
あちこちの岸壁と停泊中の海自の艦艇の甲板にいる隊員たちが手を振りながら大声で「がんばれよ!」と叫ぶ。
雄平の「帽ふれ!」の掛け声とともに、甲板上のおぼろづき乗員全員が被っていた制服の帽子を脱いで手に取り、段々離れて行く横須賀基地の同僚に向けて大きく振った。
こうして日本国海上自衛隊の最新鋭艦であり、かつ海自史上、いや日本史上、いや世界史上というか人類の軍隊の歴史上初であろう「婚活用護衛艦」でもある、汎用護衛艦おぼろづきはその記念すべき初航海に旅立った。