テラーノベル
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朝。朝の香りが脳を刺激する。足裏に冷たい床の感触が広がる。その冷たさがまだ寝ぼけている脳を起こす。
「お目覚めですか」
…あれ、見慣れたメイド服がいない。いるのはモーニングコートをきた男性使用人。エドマンドではない。
「エドマンドは」
開口一番、朝の挨拶ではなくエドマンドの所在とは。俺もどうかしていると思うが、気になってしまうものは仕方がないと思う。
「ハリントンは現在体調不良のため…」
体調不良?エドマンドが?ヤブ医者のくせに?
喉が変な音を出す。
「エドマンドの部屋に向かう。今日の執務は無しだ。急ぎの紙だけ渡せ」
そう言って俺はエドマンドの部屋へと急足で向かった。
コンコンと軽いノックをする。返事はない。だが、開けさせてもらう。
これは正当な当主権限だ。
簡素なベッド。そこに横たわる、美青年。メイド服は着ていない。ただ白いシャツを着て、目を瞑って横たわったいた。
「大丈夫か」
「すみません、ご主人様。お医者様からはただの風邪と。明日には回復するかと存じます」
げほげほと咳き込むエドマンド。
エドマンドはうっすらと目を開け、こちらを見る。その視線は、いつもの冷静で皮肉な光を少し失っていて、代わりに素直な温度を宿している。
体調が悪いのに最初に出た言葉が謝罪?いつもの傲慢さはどこに行った。これはかなり重症だ。
「そうか。じゃあ今日は俺がエドマンドを看病する」
「…因果関係が見えません」
その声すら弱々しい。額にかかる黒髪が少し湿っているのがわかる。
これは彼の主人である俺がどうにかしなければ。
必死に過去の記憶を辿る。冷水で冷やされたタオルを額の上に乗せられた記憶。手際は悪い。慣れてないのが1発でわかる。
そんな俺の様子をエドマンドは黙って見ていた。まるで、珍しいものでも見るように。エドマンドの額に、タオルを乗せる。
「冷たい…」
エドマンドの呼吸が落ち着く。どうやら正解のようだ。
安心したのも束の間、エドマンドが咳き込んだ。落ち着いていた呼吸が乱れる。
目が苦痛で歪む。
「っ…すみま、げほっ」
やめてくれ。謝らないでくれ。
エドマンドの美しさが、今はなんだかとても脆いガラスのようなものに感じる。消えることはないのに、なぜか俺の中に焦燥感が生まれた。
エドマンドの手に手を伸ばす。
触れる。指先からじわりじわりとエドマンドの熱が伝わる。
「ご主人様…?」
美青年が何が何だかわからないという表情で俺を見ている。
「あ、いや。あ!手熱いかと思って、冷やしてやろうと思ったんだ」
あまりにも雑すぎる言い訳。自分でもわかる。これは無理がある。きっと、軽口を言われて手を離しておしまいだ。
「変なご主人様ですね。…手、ぬるくなってきましたよ、冷やしてください」
笑いながら小さくそう言った。目尻が少し下がって、声にほんの少しの笑いが混じって。
それがなんだか愛おしくて、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
窓辺には赤いアネモネが優しく揺れていた。