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狩野さんも、善悪が採ってきた、色目は兎も角食べても死なない、らしい、キノコを余程気に入ったのか、バクバクと食べていた。
「ああ、うめーなぁ! あんちゃんお前こんなの分かるんだなぁ! すげぇ才能だよ! 弟子入りしたい位だぜ! ハハハハッ!」
この段になると、さしものコユキでもこの厳(いか)つい前期高齢者の爺さんを好ましく思ってしまうのであった。
勢いだけじゃなく、気持ちの良い豪快さ、時に見せる気遣いも嫌味の欠片(かけら)も見せず、常に命と向き合っているからだろうか? 爽やかな野生すら感じる。
それゆえに、コユキは少し突っ込んだ質問をした、してしまったのだった。
「猟師(リョウジ)さんは、鹿とか猪を狩っているんでしたっけ? やっぱり、日本には猛獣とかいないからですよね? もし居たとしたら、ライオンとかトラとかも狩っていたタイプなんですかね?」
暫く(しばらく)考え込むように頭を傾げていた狩野は、意外にも真剣な表情を湛(たた)えてコユキに答えたのであった。
「いいや、仮にそんな野獣達がいたとしても、俺にはそんな度胸は無いだろうな…… だからこそ…… ヤツの、あの憎むべき野獣の存在をも、無い事にして居るんだからな!」
なにやら口惜しそうに言い放った感じから察するに、彼ほどの熟練の狩人すら、対決を回避するほどの野獣が、この平和な令和日本に存在するのであろうと、否が応でも考えざるを得ないムードをビシビシ感じさせられた。
うん、そうか、フラグはこっちなんだろうか? と、コユキは複合的に絡み込んでくる運営神の企みに、ハレルヤ! とか思ってしまう傾倒ぶりであった、残念至極!
とは言え、常に家族達、あの可哀想な妹達の顔を思い描き続けているコユキにとって、全能たる神より優先的に考えざる得ない現実があった。
陰鬱な気持ちを思い出すと同時に、フライパンの中で焼き上がり続ける、ピンクの毒々しいシメジ達は狩野の胃袋へと消え去り続けていくのに気が付いたのであった。
――――しまった、あの美味しいヤツを、偶然出会ったツマラン奴に食い尽くされるなんて、くっ! 屈辱っ!
そう思った瞬間に、狩野の爺さんが善悪に質問をするのであった。
「ところで、あんちゃん! あんた達が、アライグマの駆除じゃ無いんだったら…… 何を狩るんだい? アナグマ、とも思えんな…… 一体? 何だ?」
結構腹が膨れたんだろう、何かついでみたいに聞いて来た猟師(リョウジ)に善悪は、意外にも正直に答える。
「ああ、確かに某達の獲物? 狙うべき相手はもっと、大物でござるよ…… 狩野氏でも相手に出来ない程の、『魔王』でござる、よ」
薄っすらと微笑を湛えながら言い放った善悪の言葉の意味を知ってか知らずか、急激にその身を強張らせ、フライパンに伸ばし掛けた手を止める狩野。
「えっ? マジなのか? 本気で…… あんたら、『魔王』を相手にするってのか? ば、馬鹿な……」
そうして、善悪から渡された割り箸を力無く紙皿の上に置くと言葉を続けた。
「お前等、分かっているのか? 『魔王』! 奴は既に月の輪熊じゃぁ無い! あれは悪魔、いや正しく『魔王』なんだぞ?」
急激にまともな感じのおじいちゃんに戻っていく狩野(カリノ)猟師(リョウジ)六十六歳、その歳のわりに若々しい顔を見つめて善悪は言った。
「拙者たちはその為にこれまでの日々を過ごしてきたのでござる! 狩野氏は心配せずに、人々の為に害獣の駆除を頑張って欲しいのでござるよ」
そして、自分の皿に取った真っピンクのシメジを口に運んでから、笑顔の度合いを更に深めて言葉を放った。
「今日の出会いは、格別でござった! 狩野氏、運が良ければ又、共に今生きる命を喜ぶべく、いつの日か再び食卓を囲みたいものでござるな!」
「お、お名前を、き、聞いても良いか、な?」
「ああ、勿論、我輩は幸福善悪(コウフクゼンアク)、こちらの女子は茶糖(サトウ)コユキ、でござるよ」
狩野(カリノ)猟師(リョウジ)は、席を立ち顔を背けたままで言った。
「覚えておこう、コウフクゼンアク、そしてサトウコユキ…… 君たち二人の名前を…… 魔王に挑んだ、無謀な、いや、勇敢な戦士の名前として!」
そう、柄にも無く生真面目な表情を浮かべた後、今までの食いしん坊ぶりは何処へやら、真剣な表情のまま、この場を去っていったのである。