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SSまとめ(不定期更新)

第16話 - 🖤→💚(🩷💚)　ショコラ

134

2025年07月29日

#BL

#ショートショート

kino

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気が付かないとでも思っているんだろうか。

こんなによく見ているのに。二人しか、見ていないのに。チリチリと胸を焦がす思いを、俺はいつまで大事にしまっておくつもりなんだろう。チャンスは、いくらでもあったはずなのに。

恋愛は…いや、恋愛じゃなくたって、全てのことに共通して一番重要なのは、タイミングというものだと思う。タイミングを間違えただけで、上手くいくことだって、全く逆の結果になってしまうのだ。

俺は、自分でも変だって思うけれど、彼とはタイミングさえ合えば上手くいったはずというおかしな確信を持っていた。でも、上手くいくタイミングっていうのは一度しか来ないものだから。お互いの波長が合う、その一瞬だけしか。

だから、それを逃してしまったら、後からどれだけ文句を言ったって、もうどうすることもできない。

「れーんっ」

スタジオへと続く廊下。語尾にハートマークでも飛ばしそうな勢いで、ニコニコ微笑んだ佐久間くんがやってくる。

俺は少し困ったように眉を下げて、それでもにっこり笑って佐久間くんへ腕を差し出した。

俺の肩に抱きつくみたいに頭を押し付けてくる佐久間くんは、いつになく機嫌がいい。本当は、理由なんて聞かなくてもだいたいわかっていたけれど、あえて俺は尋ねてみた。

「どうしたの、佐久間くん？」

「んー」

案の定、口元の笑みを深くしただけで答えてなんてくれない。

胸の奥がまたチリチリ痛んだ。佐久間くんの仕草の向こうに、はっきり彼の顔が浮かんでいた。

佐久間くんはいつも、俺に触ったり抱きついたり、そうすることで彼への気持ちを表現した。本当は本人に触れたくてたまらないんだろうけれど、それをひた隠しにしていた。

自由に振る舞っているように見えて佐久間くんは、その実一番バランス感覚がある人だと思う。だから、本当に守りたいものほど、遠く…けれどよく見えるところに置いているのだ。近付き過ぎたら見えなくなってしまうのをよく知っているから。

そうまでして佐久間くんが隠して、守りたいもの、それはもちろん彼と、彼への気持ち、それから二人の関係…そんなところだった。

「ちょ、もー、佐久間くんっ」

ぐいぐい来る佐久間くんに壁際へ追い詰められ、思わず声を上げて笑う。じゃれてくるのに付き合うふりをしながら、俺はほんの少しひんやりする気持ちを感じていた。

「よしっ、行くぞーっ」

気が済んだのか、佐久間くんはくるりと向きを変えて、スタジオへ入っていった。その背中を見送りながら、壁に背を預けたまま短く息を吐く。

もちろん、ただ佐久間くんを見て、可愛くて面白いな、って微笑ましい気持ちになることだってある。いつだって佐久間くんは俺にとって、尊敬する、大切な風呂友であることに変わりはなかった。

だけど、時々どうしようもなくひどいことをしたい気持ちになる。あなたの考えてること、全部ばれてますよ？　って、言ってやりたくなる時がある。

だって、よく見たらわかることだったから。誰に対しても大袈裟なスキンシップをする佐久間くんが、彼の近くにいる時はすごく自然で、触れ方だって、全然違うって。

時々、抑えられなくなったんだなってわかりすぎるくらい、近づいていく時だってあるけれど。彼のことなら何でも知ってるっていうマウントだって、何度口にしているか。それで上手く隠しているつもりなんだろうか。

そんなことを考えていると、今度は軽い足取りの阿部ちゃんがやってきた。

「あっ、めめ」

俺のことを見つけて、嬉しそうにこちらに寄ってくる姿に、胸の中が押し上げられる。

「めめもいる？」

「何？」

「チョコ。さっきスタッフさんからもらったから」

身長差のせいもあって、阿部ちゃんは上目遣いだ。自覚しているのかいないのか、相変わらずあざといその表情がたまらなく愛しくなる。

「欲しい、ちょうだい」

「はい」

「ありがとう」

差し出した手のひらの上にちょこんと個包装されたチョコレートを乗せてもらいながら、首を傾けて阿部ちゃんの顔を見つめる。さっきやってきた誰かさんと一緒で、ご機嫌な阿部ちゃんは、見られていることに気が付くと恥ずかしそうに鼻の頭に指をやった。見た目に反して子供みたいな手。自然とその指を辿り、唇に目がいく。

何だろう、何か、変なところに…

「チョコ、ついてる」

下唇の縁を親指で拭ってやる。すると、一瞬目を丸くした後、阿部ちゃんは真っ赤になってしまった。

ああ…、そういうことか。

ふっと心の中に翳りがさす。まるで自分は蚊帳の外なのだと、思い知らされる時は心が挫けそうになる。それでも、目の前の阿部ちゃんを見やると、胸がキュンと締め付けられた。可愛い阿部ちゃん。どれだけ月日が流れても、ずっと優しくて可愛いままだ。

「あはは…」

照れ隠しに笑う頬。唇を少し噛む仕草。チラチラ彷徨う瞳。丸い指先。ひとつひとつを目で辿って、俺も小さく笑いかけた。阿部ちゃんに向かい合うと、いつでも少し緊張してしまう。

「阿部ちゃん、チョコ、ありがとね」

チョコレートを持った片手を上げて、俺もスタジオへと向かった。

ブースの中では、丁度ふっかさんが歌っているところで、岩本くんが真剣な顔でスタッフさんと打ち合わせしている。他のメンバーはどこか別の部屋にいるのだろうか。

佐久間くんがテーブルの上でスマホを見ながらカフェラテを飲んでいた。俺は壁際のソファの端に腰を下ろし、徐ろにさっき阿部ちゃんからもらったチョコレートを眺めてみた。

「蓮、チョコ、お前ももらったんだ」

と、すぐさま佐久間くんが尋ねてくる。

「ああ、うん。阿部ちゃんに」

「阿部ちゃんは？」

「さあ…もうすぐこっちくるんじゃない？」

「ふーん」

それだけ言って、佐久間くんはまたスマホに戻ってしまった。

「阿部ちゃんいないのが、気になる？」

佐久間くんを傷付けようとか、攻撃する気なんてさらさらなくて、ただ気になったことを俺も尋ねてみた。

「は？」

すると、とぼけた時の表情を作って佐久間くんが顔を上げる。そして首を傾げ、肩を竦める仕草をして見せた。相変わらず、嘘が隠せない佐久間くん。

決まりが悪くて、俺はまた手の中のチョコレートに視線を落とした。佐久間くんも、それきり何も言わないでまたスマホをいじっている。

いつから彼を好きだったの？　いつ、手に入れたの？　彼に、どんな風に触れるの？

次から次へと佐久間くんへの質問が溢れてきそうで、俺は思わず口元を押さえた。

もう、二人だけの物語は始まっていて、その中に俺の出番なんてない。あるとしてもせいぜい通行人Aくらいだった。何を尋ねたって、どんな口を挟んだって、何にもならない配役。

少しタイミングが違っただけで、こんなことになってしまった。

俺も、好きなんだよ。俺だって。俺の方が。ずっと、彼を好きなんです。

そう言ってしまいたかったけど、彼に言ったって何の意味もないことを俺は知っていた。もしも言うなら本人に言わなくちゃいけないって。でも、彼らとこの関係のままで、壊れないでいたいと思う臆病な自分が、また、今日も俺の口を塞いだ。

俯いて、もらったチョコレートの包み紙を破る。小さなチョコを口に入れると、何だかひどく苦かった。