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シャツのボタンが、一つずつ外されていく。ゆっくりと、丁寧に──壊れた人形の蓋を開けるような手つきで。
遥は何も言わなかった。
言えば、余計に面倒になる。
拒絶すれば、意味を取り違えた“矯正”が待っている。
それを、知っている。
沙耶香は指先だけで首筋を撫で、額にかかる髪をそっと整えた。
「“黙ってる”ってことは……どうされたいの?」
笑っていた。
優しく、しなやかに。
それは、“人の形をした檻”だった。
──そのとき、後ろから影が差す。
「……もう、飽きた。顔、動かなくなってきてるし」
玲央菜だった。
ソファの肘掛けに腰を乗せ、じっと遥を見下ろす。
「“なんか、もう、死体じゃん”」
そう言ってから、わざとらしく笑う。
わざとらしいのは、“笑い”ではなく“言葉”のほうだった。
「沙耶香、ちょっと退いて。ね、あたしが“もう一回”起こすから」
沙耶香は立ち上がった。
目が合った一瞬、遥は気づいた──
あの笑顔は“期待”だった。
「ねえ遥。わかってる? “泣かないと終わんない”んだよ」
玲央菜は何も乱暴なことはしない。
ただ、手を伸ばして耳を塞いだ。
両手で。ぐっと強く、指先で耳の奥を抉るように。
「“聞こえないのが一番怖い”んだよね、あんたって」
遥は首を振ろうとした。
が、それさえ許されない。
呼吸だけが、自分が生きていることを証明していた。
「昔、泣かなかったことあったじゃん。あのときも、“耳”だったんだよ」
そのとき──背後の気配が変わった。
「おまえら、“ちゃんと順番”守れよな」
──颯馬。
濡れたタオルを肩にかけたまま、風呂上がりの軽装で、当然のように遥の前に立った。
「俺、今からこいつ“教え直す”から」
沙耶香も玲央菜も、反論しない。
それが“この家の正しさ”だった。
「……遥。俺さ、知ってるよ」
颯馬はしゃがみこみ、遥の目線に合わせる。
口調は、柔らかい。
「おまえ、ほんとは──“壊されたい”んだろ?」
遥の喉が動いた。声は、出ない。
「ちがう、って思ってるかもしれない。でもさ」
そのまま、顎を掴んで、ゆっくりと引き上げる。
首に、負荷がかかる。
視界の角度が変わるたび、何もかもが非現実的になっていく。
「この家に帰ってきたってことは、“壊してくれる場所”選んだってことじゃん?」
口元に、笑み。
「……違う、か?」
ようやく出た声は、破れた空気のように弱かった。
「……どこに……行っても……壊れるだけ……なら……」
「うんうん、だからさ──“こっちのほうがマシ”って思ったんだろ?」
その瞬間、遥の胸の奥で、何かがはっきりと壊れた。
「“どうせ壊れるなら、こっちでいい”って、思ったんだよな」
それは──正しかった。